⇒この作品を最初から読む / ⇒ H. Dou作品目録へ / ⇒ 全作品一覧に戻る
妖 精 の 潜 む 森 1999.03.05 |
嘘を、吐きました。
もう誰にもわかるまいと、ホントにちっぽけな嘘を吐いた。
なのにこんなに心が痛むのは何故なの?
あぁ誰か、自分の声を受け止めてください。
自分の心を受け止めてください。
自分の魂を受け止めてください。
私はこんなとこに閉じ込められて、毎日毎日、窓から外を眺め続ける。自由なんて何もない。
それはこの国の掟が決めたこと。
それが私の意思とは関係なくとも。
私はこうしなければならないの。あぁ誰か、私をここから連れ出して。
私は誰。
大きくなったらどんな人になるの。
自由なんてなくて、外にも出られずお城で暮らすの。
そんなのいや。
私は大人になんてなりたくない。あぁ誰か、私をここから連れ出して。
私を救ってくれたひとは。
私を連れ出してくれたひとは。
もうどこにもいない。
世界のどこを、探しても。
何故。何故。何故なの。
何故あのひとを殺したの。私を救ってくれたひと。
私をここから連れ出してくれたひと。
私に外の世界をはじめて見せてくれたひと。
そして、私の一番たいせつなひと。
私は昨日、はじめて嘘を吐きました。
ホントは王家になんかうまれたくなかった。
ホントは自由になりたかった。
ホントはただの娘でありたかった。それでも私は約束をした。
将来この国の、王となる人に嫁ぐことを。
でもホントは逃げたかった。
ホントは大人になりたくなかった。
ホントはあのひとを待っていたかった。なのに神様。私は嘘を吐きました。
私はあのひとのことを覚えていないと。
ホントにちっぽけな嘘でした。
なのにこんなに心が痛むのは何故なの?
ホントにちっぽけな嘘なのに。
でも私は、あのひとを忘れることができないのです。
ちっぽけなのは私の心。
あの時あの瞬間、私はあのひとの時間を奪ったのです。
私はあのひとに言いました。
「ここから連れ出してください」
たったそれだけの言葉で、出会ったばかりのあのひとは、私のことをわかってくれた。
私が誰であるかも、私を連れ出せばどうなるかも、わかっていたのにわかってくれた。
この国の掟も、それより何より私の心をわかってくれた。
あの時あの瞬間、私はあのひとの時間を奪ったのです。
私はあのひとに言いました。
「早くここから逃げてください」
たったそれだけの言葉で、あのひとは全てを悟ったのです。
私が森へ入れないこと。
私が帰らなければならないこと。
そして私を連れ出したがために、王国へ戻ることができないことを。
あのひとの時間を、まだ残っていたはずの生きゆく時間を、奪ってしまったのは私です。
私のたった一言のために、あのひとは生きる時間を失ったのです。
あぁ神様。
なのに私は嘘を吐きました。
あのひとのことは覚えていないと。
決して忘れたことなどないのに。
私は誰。
どんな人になるの。
王妃となって子供を生んで、王国の繁栄を祈らなくてはならないの。
そんなのいや。
私は子供でありたいの。
大人になんてなりたくない。
あのひとだけが、たいせつな人。
あぁ神様。
なのに私は嘘を吐きました。
あのひとのことは覚えていないと。
決して忘れることなどないのに。
私は嘘を、吐きました。
>>> next page