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輝ける神々のごとく            
     2000.02.05  




 雨の中を歩く少女。のばしっぱなしの後ろ髪を無造作に束ね、とぼとぼと歩いている。水に濡れた茶の髪が顔や首や背にはりつく。緑色の瞳は輝きも薄れ、うっすらと水滴がたまっている。
 塩辛い、瞳に溢れる雨は、涙。
 少女は声をあげて泣きそうになる自分を抑えながら、足下ばかり見つめて進んでいた。行くあてもなく帰る先もない。失ってしまう前に、自分から捨ててしまったから。
「……ム」
 友人の名を呟くも、きちんとした言葉にならない。声を出せば、そのまま大声で泣いてしまいそうな気がした。きっと、涙がとまらなくなるだろう。
 穏やかに降り続く雨に、いっそう哀しみが増す。友人が降らせたこの恵みの雨の中に、あの人の涙が隠されているような気がしてならない。



 永きに渡って栄えた魔法王国が、傾城の道を辿る。築かれたのは一瞬すぐ。栄えたのは数千年ずっと。そして滅びたのも、一瞬あっというま
 王国の隣に開いた、異世界への入り口。偉大なる力が溢れ出るそこから、魔獣すら現れるようになった。数代前の王が、そこを塞ぐように聖なる森を生み出したが、その甲斐なく、すぐ後ろの代で森は炎に包まれ、消え去った。
 魔獣は侵入を果たし、まもなく王国は滅んだ。今はただ、わずかな人々がわずかな大地に暮らすのみ。
 守ってくれた存在を失い、世界が荒れていく。すさんだ大地の上で、全ての存在が生きる術を失っていく。乾き、飢えたものが死んでいく。
 誰も止められなかった。女神すら、彼らを見放したかのように見えた。
 風が吹き抜ける。
 惨状を見かねた王が、手をのばし、空を掴もうと宙を握る。かつての祖先がそうしたように、天へ逃げてゆきたいと思う。
 上に限りはない。
「また、輪に頼るしかないのか…」
 あのとき逃げ出した遠き祖なる者は、何を思ったのだろう。





「世界の歪みを直すには、これしか方法はない…だが」
「王よ、何を迷うことがあるのです?」
「良いのだな、ザイフェン・ファラウドよ」
「…主の望むままに」




 仰ぎ見る空は遠くまでも澄み渡り、下界を見下ろしている。
「あの蒼天のように」
 手をかざす。
「大地の美しさを蘇らさん…」
 王は呟いた。
「かつての守り存在びとよ。我を導かん…」
 唱えたくはなかった言葉。大昔の合い言葉。この荒れた地をもとに戻すために、再び運命を望むならば、それも仕方のないことだ。
「我が名はルクティス・ヘラル・レラルド。今此処に、再び現れよ…リンピド・ライ・ラルンゼルハ。運命を紡ぐ存在ものよ」
 体が動かなくなる。何も見えなくなる。頭の中がぼんやりとした闇に包まれていく。運命を司る者の顔がその中に浮かびあがった。
「七つの星を一つに束ね、その炎を以て雨と為せ」
「…七つの星、とは?」
「神に呪われたもうもの。身体の何処かに紋章の刻まれし者」
「探し出し、集めよと? その者達を?」
「さよう。それより他に、打つ手は皆無」
 リンピドは冷たく言い放った。


 長く続いた雨が止んで、今日で丁度一ヵ月になる。世界は以前の姿を取り戻しつつあった。
 風が吹き抜ける。
 金と茶の髪が風に誘われ、宙を舞った。絡みつく程長い髪の下に紫と碧の双眸がのぞく。
「ごめんね、フィア。何も、してあげられなくて」
「いいのよ。気にしないで。夜になれば、彼らに会えるから」
「けれど…」
「いいの、もう。それにレリスだって、失ったんでしょう? 大切なものを」
「…そう。もうコルカは戻ってこない。でもそれでよかったと思ってるよ、俺は」
「なぜ?」
「大地がこんなにも息づいているのは、あの方のおかげなんだって思えるから」
 吹き抜ける風の哀しい詩を聞く。あの方はその詩が好きだった。
「強いね、レリスは」
「君だって強くならなきゃ。あいつがそうであったように」
「ああ、言わないで」
 思い出す度に、涙が溢れ出す。自分でも不思議なくらいに落ち込んでいた。心の中にぽっかりと開いた穴は、日に日に広がっていくばかり。それを埋めることはかなわない。


 呪いの言葉が紡がれていく 永く長く複雑に
 強引とも呼べる魔法が導かれていく 遠く近く満遍なく
 魔術師と騎士と獣人と傭兵と剣士と司祭と そして少年
 七人の選ばれた者達 呪われた者達
 肌に刻み付けられた紋章が その星たる証
 かつての世界を取り戻すべく 自らの意思をも呑み込んで
 彼らは一所に集う その力を存分に発揮できるように


 友人がいなくなって、少女は泣いていた。哀しくて、淋しくて、どうしようもなくやりきれなくて。
「…パム……ゼパム…。君は何処へ行ってしまったの?」
 ――私を置いて、いかないで。
「また私を一人にするの? …そんなの嫌だよ、ゼパム…」
 ただ一度だけ会ったことのある、陽に透かすと緋色の髪をした少年。仲良くなって、すぐに別れてそれっきり。まさかもう、二度と会えないなんて思いも寄らなかった。
「泣くなよ、フィア」
 そっと囁く者がいる。
「元気出せなんて言えないけど、でも…」
「…ああ、…心配かけて…ごめんね。…私、ウルティモも好きよ。けれど、けれどね…」
 言葉では言い表せない、想い。尊敬し、憧れていた存在。
「泣きたいときくらい、好きに泣かせて」
「…フィア! 僕が君を守るから。だからもう、泣かないで」
「ゼパムに呪いの言葉をかけたのは、君の父なのよ、ウルティモ・ダイヤ・レラルド。それをわかっていて? …王子様」
「そんなの関係ない」
「もちろんよ。…ああ、でも私は涙が止まらないの」
「大丈夫だよ、フィア。フィア・ナ・ハート。君は世界。永遠なるもの。だからもっと強く。ゼパム・ファラウドのように強くあれ」
「ああ、ゼパム…」
 ――私を置いて、逝かないで。
 世界じぶんが壊れていってしまう。


 風が吹き抜ける。
 ともに現れた儚気な女性。透き通るような肌と真っ白な髪。瞳の蒼さは空のように無表情だった。
「これで良いの? まだ終わっていないように見えるけど」
「うん。あとは自然にまかせようと考えてる」
「永い考え方をするのね。普通の者であらば、待つことすらもかなわないでしょうに」
「君と、同じだよ。僕らは同じことを考えてる。そうでしょ? リナシタ・ペルド・クローバー。幸せを運ぶ命を持つ者よ」
「その通りだわ、ウルティモ。輝ける者よ。あなたは私の真の姿を知っているのね」
 無邪気に笑うリナシタは、吹き抜けた風とともに去っていった。その笑顔が脳裏に残っている。上手い、とても上手い演技だ。
「でも僕は、父上とは違う。リンピド、だから君には頼らない」
 ウルティモは天を見上げて堅く誓った。


 我が子よ エターニイアの盟約のままに
 失われた断片もの 彼の地に蘇らさん
 仰いだ先に終わりはなく 限りなく続く天へ
 輝ける神々のごとく 我ら永遠の地を臨む


 少女が逃げ出す。慕った大地を捨てて。途中、降り出したやわらかい雨に立ち止まり、天を仰ぎ見る。
「…ゼパム…」
 あの少年が降らせてくれているのだと気付く。
「ならばこれは…恵みの雨?」
 荒んだ大地に活力を与えるもの。生きとし生ける全ての者に、未来を渡す基盤となる。
 少女の方が、小刻みに揺れた。両手をやった瞳から流れ落ちる雫は、涙。世界の望んだ塩辛い雨、涙。とめどめもなく、溢れ出す。
「フィア…君は…」
「どうして? 何故。なぜ私を」
 ――私を置いて、逝ってしまうの?
「フィア、君は世界たる者。しっかり。強くならないと」
「ああレリス。そんなこと言わないで。…言うな、レリス・タナ・スペード」
 言葉による支配は、フィアのそれは誰よりも強い。何も言えなくなって、レリスはただフィアの涙を見守る。
「ひどい…酷いよ。リジェネラズィオーネ。君がこんなことを…」
 遥か遠くにいるはずの者へ、フィアは非難の言葉を紡ぐ。再び友人に出会ったら、ついていこうと思っていたのに。それはもう、かなわない。





「これで良かったのだな、ザイフェンよ」
「己とて魔法使いの端くれ。崩れゆく世界を見逃すことなどできますまい」
「たとえ我が子を失ってもか」
「あの子は強い。さりとて心配は不要というもの」
 七つの星を統べる者――ゼパム・ファラウド。呪われた一人。




 一ヵ月ぶりに空を見ゆる。雨あがりの蒼い空。無表情な瞳を思い出し、ウルティモはため息を洩らす。
「リンピド…やったのか、君は。リジェネラズィオーネ。我々の、『再生』」
 これでもう、あの少女の笑顔を見ることもできなくなった。最も尊敬していたものを、奪われたのだから。
「フィア…僕からも謝らせて」
 ずっと会っていない幼馴染みに想いを馳せる。


 七つの星が空を描く。夜になれば輝けるもの。毎晩それを見上げては、風の中、フィアは詩を口ずさんでいた。
「…雨あがり…」
 友人ゼパムは過去へ、世界じぶんは未来へ。道は交差し、別れていく。再び会うことは、もはやない。
「…雨あがり、君はいき、なつかしい過去…彷徨います…」
 詩とともに涙が溢れ出る。とめどめもなく、哀しくて。強くなければいけないのに。
「…でも君は、もう戻ることは…ない…」
 道は別れたから。交わることはもうないから。お互い違う方向へと、歩み続けなくてはいけないから。自分は。
「…雨あがり、君はいき、
…果てしない未来さき、赴きます…

 そして七つの星々が…沈むことなく、廻り続ける…




 輝ける神々のように
 まるで世界じぶんを見守るかのように…













      ...the END       










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