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それ
Th

ぞれの思惑
e score forgotton


 風の向こうに、波が見えた。胸騒ぎがした。
 白を基調としながらも、赤のあでやかさが美しい聖職衣をまとった女性が、癖のある茶の髪を風に任せながら、海に向かって目を細める。
 腕には二重の鐶。助祭の地位を表すそれを、19という若さで授かるガイアの神官だ。








□□
 暗闇から引きずり出されるみたいに、ふいっと意識が戻る。
「ルディオ?」
 呼ばれた少年は、目を覚ました。目の前に聖職衣をまとった女性がいる。イエリアだ。
「レオンは!?」
「……」
 首を振ったイエリアに、そう、とだけ答えて、ルディオは起き上がった。窓のない部屋にいた。揺れても落ちないように何もかもが金具でしっかりくくり付けられた壁、時折ふわりと揺れる床。船室だ。
「ひとまず、乗船成功……だな」
「竜の子はいないが、な」
 反対側の寝台に腰掛けたヴァイルが、髪の間から伸びた長い耳を上下させながら言う。ヴァイルがいる。イエリアもいる。けれどレオンの姿は、ここにはない。
 狭い部屋には、小さな机がひとつと、背の高い丸い椅子がひとつ、壁に沿って2段ベッドが二つ備えてあった。がっちりとしまったドアには内側から鍵がかかるようになっている――おそらく、外側からも。
 刃を向けられたら、最低限の抵抗で返し、わざと捕まる。船内にてレオンと合流して、脱出。
 そう立てたはずの計画は、しかし部屋にレオンがいないことで変更を余儀無くされる。見抜かれていたんだろう、と今更ながらに気付くも、遅い。
「これから、どうする?」
「飛翔竜を探さないことにはな」
 森のエルフの声がこともなげに答える。
 イエリアはちらりとドアの錠に眼差しを向け、
「その前に、どうにかしてこの部屋を出ないと、ね」
「……イエリア、今、ものすっごく物騒なこと考えただろ!」
「物騒ではないよ」
 本人の価値観で測ったに違いない回答を返す。
 この意思の強い聖職者が、ときに手段を選ばずに事を運ぼうとすることもあるのだと、ルディオは不意に悟った。急ぐからと馬車馬から馬車を外して飛び乗った司祭や、情報集めるからと平気で酒場に子ども連れて入った助祭なんかの行動と、ついと符号が一致する。
 そうだ、なんとなく厳かだったり清かったり有難かったりするからじゃない。そうした無茶を踏まえても、強く敬虔でいられるから、聖職者なのだ。
 でも今は、無茶をしないでいてほしかった。
「誰か来たら、その隙にヴァイルが外に出ればいいんだ。姿を消してれば気付かれないだろ」
「だといいのだが」
 ヴァイルは赤い目を鋭くして答える。レオンが捕まったとき、振り向かれたのだ。ヴァイルは急に立ち上がった。そしてすぐに姿を消す。がちゃり、とドアの錠が上がる音がした。




 ドアが内向きに開く。外には男が二人、立ちはだかっている。ヴァイルは一瞬、ためらった。レオンがさらわれたとき、距離があったにも関わらず見えないヴァイルに気付いた者達だ。
 ましてや今は、真横を通り過ぎる。距離はゼロ。動いた気配を見抜かれない確率は低い。
 ヴァイルがまだ部屋の中にいることに、ルディオは直感で気付く。二人も立ち塞がっていて、出られないでいるのだと。
 隙をつくってやらなければ。
「おい小僧、外へ出ろ」
 男が言った。ルディオはその言葉に従わない。怯えたように一歩、後退する。
 じりじりと沈黙が流れ、
「外へ出ろって言ってんだよ!」
 言うなり男が部屋の中へと入ってくる。イエリアは壁際に寄り、ルディオはわざと奥のほうへと下がった。つかみ掛かってくる男を寸前で避けて、その脇を回る。ドアへと飛びつく。
 もう一人がまだ、外にいた。ルディオは構わず飛び出す。腕を掴まれた。もがき、足を蹴って、前へ。
 部屋に入った男がドアをくぐるより早く、ヴァイルは外に飛び出していた。男達の注意は、完全にルディオに向いている。
 ヴァイルは狭い廊下を、風の吹くほうへと走る――精霊の手を借りて、竜の子を探そう。








□□
 深い、暗い海が横たわっている。
 その荒々しさは、海底に眠る竜を思い起こさせてくれる。

 黒い、暗い影が横たわっている。
 低い空に。小さな空を追うように。独りきりの空に引き寄せられるように。








□□
 男はルディオを床に伏させた。ヴァイルはもう出て行ったに違いないから、ルディオは抵抗はしなかった。
「手間かけさせやがって」
「今度暴れてみろ、あっちの女を海に突き落としてやるからな!」
 ……狙われたのは、イエリアじゃあない。
(じゃあ俺か? それとも、最初からレオン目当てか?)
 促されて立ち上がる。ドアが閉まる寸前、イエリアに大丈夫だと視線で応え、歩き出す。男達に前後を塞がれて、狭い廊下を。時折揺れる廊下を。





 案内されたのは、もといた部屋と変わらないほどの広さの部屋だった。ベッドがない分、広く見える。奥の壁に備え付けられた立派な机の前に、一人の男が座っていた。がっしりとした体格。傷さえうかがえる、彫りの深い荒々しい風貌。
 ドアが背後で閉まる。男達がルディオの両側に立つ。
 逃げ場はない。
 だが、思ったよりも圧迫感はない。
 ルディオは、その男が何か言うのを待った。警戒だけは怠らずに――どこに罠が潜んでいるかわからない。
 たっぷり間を置いて、座った男はようやく口を開く。
「小僧、お前が、隠し持ってるのは、なんだ?」
「は?」
「とぼけたって無駄だ。俺は知ってるんだぜ」
 何を言われているのか、わからなかった。ただ一つわかったのは、レオンは囮に使われただけだったってことだ。
(俺が、目当てか!)
 言われたものは、本当に知らない。だが、ルディオは知らないふりを装おっているように見せることにした。ヴァイルがレオンを見つけだす、時間稼ぎをしなくては。
「ちょっと待って。俺には何の話だか、わからない。何を隠し持」
「その服の裏側にあるのは、何だっていうつもりだ?」
 割り込まれた声に、体が反応する。
「無いとは言わせねえぜ」
 ――指輪、だ。
 ローブの裏に確かに隠してある。イエリアに縫い付けてもらった、エニィから渡された銀づくりの、指輪を。
(いつ、見られた?)
 風にはためくローブの裏側に隠すのなんか、見せているのと同じじゃないか。
 ルディオはきっと唇を噛んだ。指輪は銀で出来ている、銀のレートは知らないが、ちっぽけな塊でも値うちがあるのか。
「知らないな」
 言う声は、震えている。ドアは閉まったままだ。狭い部屋に逃げ場はない。三対一では、歩が悪い。
「見せな」
 男の言葉は短かった。ルディオは答えなかった。座っていた男が立ち上がる。ゆっくりと近づいてきて、目の前に立たれても、ルディオは微動だにしなかった。足がすくんで動けなかった。掴まれた腕の痛みに我に返って、それを振りほどこうとして、声が蘇る。
『今度暴れてみろ、あっちの女を海に突き落としてやるからな!』
 脅すためだけに言ったという保証はない。ルディオは抵抗を諦めた。壁に押し付けられる。服が引っ張られる。
 指輪を掴んだ男が、生地から引き剥がそうとしたのだ。
 イエリアが縫い付けたそれは、容易に取れようとはしない。けれど力任せに引かれては、ひとたまりもない。
 男は銀づくりの指輪を人さし指と親指で摘まみ上げ、ひっくり返し、しげしげと眺めた。
「ほう」
「返せ!」
 自由を奪われたまま、ルディオは叫んだ。エニィに渡されたのだ、取られるわけには行かない。
「小僧、こいつをどうした? 盗んだのか?」
「拾ったんだ!」
「ほう、どこで?」
「……忘れた!」
「拾ったんじゃあないよな? 正直に言え」
 締め付けられ、胸が苦しくなった。何か言われても、答えるだけの余裕もない。
 貰ったのだ、とはついに言わなかった。男はそれ以上、追究してこなかった。
「離してやれ」
 そして何気なく、指輪を放る。飛んできたそれを、ルディオは慌てて掴んだ。
「どこで拾ったか、思い出したら言うんだぜ」
 ばたん、と勢いよく扉は閉じられる。二人の男に引率されて、ルディオは元の部屋へと戻された。
(なんで、指輪を返してきた?)
 狙ったのはこの銀の指輪ではないというのか。
(……まさか、エニィと間違われた?)
 指輪を残していった黒装束の魔術師が、脳裏に浮かんだ。








□□
 男は、子どもが出て行った扉に踵を返し、深々と椅子に座り込む。目の前には壁。地図や航海図やカレンダー、それにたくさんのメモが鋲で止めてある。そのひとつに手をのばし……男は、ぐい、と壁を押した。
 押し込まれた壁は、横にぐるりと半回転しぱたんとはまる。
 壁の裏側に隠されていたのは、時計だ。長針のない、不格好な壁時計。
 それは特注品だった。この世に二つと存在しない贅沢な時計。細かい飾りが彫り込まれ、そのすべてが銀で出来ている。以前は短針も長針もあり、時間を刻んでいた。
 失われた長針は今、カファルジドマの街で捕まえた子どもが、持っている。
 指輪だ。
 その目で確かに確認した。あの模様はこの世にたった一つしかない。鏡に写せばこう読めるのだ。
 ディレン・ヴェレル、と。
 それは先代の船長が長針に刻ませた文字だ。
「なんであんな子どもが……」
 子どもは知らないと言った。だが知らないはずはない。銀で出来た長針は隷属の証にと奪われたものだ。奪った本人がそれを手放すはずがなかった。
 どこで、どうやって手に入れたのか、聞き出さねばなるまい。
 言うつもりになるまで、しばらく船に乗っていてもらうしかない。
 子どもらと一緒にいた男は、大陸の反対側にある港町アルタイルに向かうと言っていた、ならば別の方向へ向かえばいい。








□□
 左右に、前後に、時折揺れる船室は、あまり心地良い居場所とは言えない。イエリアがベッドに腰掛けているのを見て、ルディオは椅子からベッドに場所を移す。
 何度も洗われたらしい、それでも質の良いシーツがかかっていた。掛け布団もちょっと高級さを思わせる、柔らかな感触が気持ちいい。
「これ、何の船なんだろうな?」
 レオンを助けに来た時、船の種類まで見ている暇はなかった。昼間は文字の印象が強すぎて、それ以外ははっきりとした記憶が無い。
「港に止まっていたのよね」
「やっぱり商船のひとつかな」
 ヴァイルはなかなか戻ってこない。騒ぎになっていないことを考えると、まだきっとレオンを探しているに違いなかった。
 退屈さを紛らわそうと、ルディオはベッドに転がった。上段の底が見えた。




 どん、と音がして、びっくりして起き上がる。がちゃり、と錠の外される音がして、ドアが開く。
「おい、」
 低い声が二人を呼ぶ。イエリアを制し、ルディオは一人でドアへと向かう。
 今度は何を聞くつもりか。
 だが、男が差し出したのは、パンとスープ、それからちっぽけな干し肉だった。食事だ。
「あ、ありがとうございます」
 礼だけは丁寧に。ルディオが二人分受け取ると、ドアがばたん、と閉まった。足音が遠くなっていく。
 ルディオははっとして、ドアを、それからイエリアを、見た。
「今、鍵の音しなかった、よ、な?」
「しなかったわ」
 イエリアはすとんと床に立ち、ドアに近づいた。ルディオが食事を床に置く。
「いい? 開けるよ」
「気をつけて」
 イエリアは、ドアを引いた。ドアは何の抵抗もなく、開いた。
 ルディオはひょいと顔をのぞかす。外には誰もいない。戻ってくる気配もない。
「どうする?」
「行きましょう」
 聞くだけ愚かだ。パンを口に頬張り、スープを飲み込んで、二人は部屋を出た。
 一度だけ、船員とすれ違った。ルディオやイエリアがその船の者ではないのは明らかなのに、何も言われなかった。
 鍵は、意図的にかけられなかったのだ。
(海の上だから、簡単には逃げられない、ってか)
 くやしかった。
(作戦の立て直し、だ)
「戻ろう、イエリア。ただ歩き回ってたってしょうがない」
「ええ」




 数日のうちに、ルディオもイエリアも気付いた。船内を好きに歩けると言っても、至る所で船員が自分達を監視している。会話の一字一句を聞き漏らすまいとしているのだろう。
(あの指輪は、なんなんだ?)
 けれど疑問を解くよりも今は、レオンを連れて逃げなければ。
 慎重に、ルディオは逃げる隙をうかがった。何気なさを装いながら船の構造、備品の数や種類や保管場所、救命ボートの外し方などを調べて回る。必要のないところを念入りに眺める姿をわざと目撃させ、一方で姿を消したヴァイルが本当に必要な箇所を調べることもあった。船はカーフ島に向かっていた。ヴァイルはレオンを見つけていた。だがレオンの部屋は監視がいて、近付けそうにないという。
 相手は、人質をとったつもりなのだ。
 時間は、悪戯のようにやたらゆっくりと流れていった。逃げ出すタイミングなんて永遠に来ないようにさえ思えてくる。








□□
 レオンが入れられたのは、船長室に近い部屋だった。すぐ隣は船員達の控え室だ。常に誰かがいる部屋だから、監視するにはちょうどいいのだろう。
 だが彼らは、レオンが人間ではないことを知らなかった。レオンの竜の目は人よりも遥かに遠くが見えたし、竜の耳は、エルフほどではないにしろ、人間よりもさまざまな音を拾う。分厚い壁で隔てられたはずの隣屋の会話は、だからレオンに筒抜けだった。
「今日で11年か、早えなあ」
「あん、なんの話だ?」
「なんだお前知らねえのか。ちょっと待ってろ」
 ガラス戸が開く音がする。誰かの朗読するような声が聞こえる。
「5113年 レダの月9日! 天候は思わしくない。
 我々は悪天候などに怯みはしない。だが、見てしまった、忌わしきものを。
 “ブルー・フォックス”、それが奴に与えられた名だ!」
(ブルー・フォックス?)
 それはヴァイルから教えてもらった、この船の名前だ。
 別の声が、その後を続ける。
「奴は速かった! そして強かった! 仲間の船はすべて沈み、我々だけが生き残った。
 勝ったのだ。我々は奴よりも速く、そして強かった。
 勝利の証に、私はこの船に、“ブルー・フォックス”の名を与えよう。
 カピターノ・ディレン・ヴェレル」
「カピターノ・ディレン・ヴェレル!!」
 部屋にいた船員達が異口同音に叫んだ。
「今日は先代の船長カピターノが魔物を倒した記念の日なんだぜ」
「へーえ」
「そうさ、なんとかいう魔法使いが邪魔しに来なけりゃ、今だって立派に……っ!」
 言葉は急に途切れる。船揺れなんか気にも止めないはずの船乗り達でさえ、一瞬口をつぐむほどの大きな揺れが、ブルー・フォックス号を襲ったのだ。
 船ががくんと傾く。
「なんだ!?」
「お前ここ残れ!」
 もう一度大きく揺れる中、ドアが開く。レオンの部屋の前を、足音が通り過ぎていく。
(あ……)
 心の中が、不意にあったかくなる。レオンは胸を抑えた。首から下げたままの竜を象るペンダントが、熱を帯びている。
(誰?)
 か細い竜の声がする。




 どーん、という衝撃に、船が揺れた。ベッドから派手に転がって、ルディオは一瞬気を失いかける。
「大丈夫?」
「なんとか!」
 ドアの外が騒がしい。何かが起こっている。
 直感は、確かな自信を、くれる。
 ――今しかない。
 ヴァイルは姿を隠した。イエリアは優雅に立ち上がった。再び、大きな揺れ。
「行こう!」
 叫ぶまでもなく、仲間達は走り出している。
「ヴァイルは、レオンを、頼む!」
 イエリアは躊躇わずにヴァイルを追う。彼女には、姿を消していてさえそのダークエルフの姿が見えるのだ。
 ルディオは走った。打ち合わせ通り、救命ボートの元へ。そこには密かに見つけだした荷物を、食糧や水を積んである。今は夜、外は暗い。船の照明が甲板を照らすけれど、側面の海のすべてまでは照らしきれないことを知っている。ましてや、この混乱だ。
 甲板を走っていく船員を巧みにかわしながら、ルディオは走る。
 捕まったあの夜と違い、欠けた月光は弱々しい。ルディオは辿り着くとすぐさま乗り込んで、ボートを固定する紐を解いた。あとひとつ外せば、海だ。
 ほとんど待たないうちに、ヴァイル、イエリア、そしてレオンの姿が現れる。
「おかえり」
 3人は乗り込み、ルディオは手順どおり紐を解く。子どもと食糧を乗せた救命ボートが海面に向かって、するすると降りてゆく。
 軽い、衝撃。
 海だ。
 手早く金具を外す。そのとき甲板に、人影が見えた。だが船員はボートが一つ無くなっているのになんか気付かない。その注意は、空に向けられている。
 蠢きが、暗い何かが低い空を覆っていた。降りてくる影が、甲板をかすめる。それが船を襲い、レオンを救ったのだ。
[ウンディーネよ!]
 ヴァイルが精霊を喚ぶ。水の精霊に運ばれて、4人の乗った救命ボートが瞬く間にブルー・フォックス号から離れていく。暗い、暗い空と海が前に後ろに果てしなく広がっている。
 レオンは仄暗い青の空に現れた影を、眺めっぱなしだった。








□□
 リゲル大陸の西側にある島、カーフにもガイア神殿はある。助祭カディアは、その一つに仕えていた。
 ゆるく波打つ茶の髪はひとつにまとめられ、背で揺れている。その両手には荷物を抱えている。港まで買い出しにきた帰りだった。
 湾沿いに続く道を歩いていたカディアは、胸騒ぎに海を見た。何かが近づいてくるのが、見えた。
(……あれは何?)
 小柄な人間、否、子どもばかりが乗った小さなボートが波に浮かんでいる。近づいてくる。顔をしかめてから、カディアは岸際に向かって駆け出した。




 救命用の小さなボートは、波にさらされ、遊ばれ、逆らいながら進んだ。途中何度も水の精霊を喚び戻さなければならなかった。
 それでも夜も明ける頃、すぐそこに岸辺があるのが見えてくる。すっかり明るくなる頃には、陸地を踏むことができた。カーフ島だ。
 食糧を荷物に入るだけ詰め替えると、かなりの重さになる。
「持ち歩けるかな?」
「途中で替わるよ」
 たぶん竜のほうが体力あるんだろうと思いながら、ルディオは有難う、とだけ答える。だが持てない荷物は捨てるしかない。
 岸辺は船を付けるような場所でなかったけれども、下りられない場所でもなかった。4人はこじんまりと上陸し、船をそこに置いたまま、岸辺を離れる。しゃがみこんだレオンは何かを拾ったようだった。
 4人がそのまま海を離れようとしたとき、声が飛んできた。
「待ちなさい!」
 4人が一様にそちらへ顔を向ける。女性が近づいてくるのが見えた。白を基調としながらも、赤のあでやかさが美しい聖職衣をまとっている。イエリアと同じ、ガイアの神官だ。ただし腕には二重の鐶。抱く地位は、助祭。
「待ちなさい、あなた達は何者なの? どうしてそんな小さなボートに乗っているの?」
 答えようとしたルディオを、イエリアが制す。
「私は、イエリア・セフェナージェ・レン・ガイア。事情が許さず、途中、船を降りました」
 浴礼を受けた者が持つ一重の鐶を、イエリアは見せる。女性はイエリアの目を見つめ、
「いいわ、貴女を信じましょう。私はカディア。詳しい話を聞かせてね、一緒に来てくれる?」
「はい」
 そのくらいいでしょ、と、イエリアが許可を求めるようにルディオを、レオンを、ヴァイルを見やる。その眼差しを否定できないことを、3人とも知っている。
「わかったよ。俺はルディオ。ルディオ・ハーディだ」
「え?」
 カディアと名乗った聖職者が、はっとしたようにルディオを見た。
「もしかして、ラースを御存じ?」
 それは、知己の名だ。魔術師院で一緒だった。今度はルディオが、はっとする番だった。
(なんで、それを、知っている?)
 カディアの眼差しの奥に、シリウスでの日々は見えない。









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