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まど
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ろみに見えた青い空
ue air that he saw in a drowse


 突然、何の前触れもなくルディオは目を覚ました。なにか、妙な気持ちが胸を騒がす。
(何だ?)
 目だけを左右に動かして、身の回りに変化の無いことを確かめる。けれど胸騒ぎはおさまらない。預けた背を壁から離し、立ち上がる。
 柱の外に出ようとして、壁に手をかけたときだった。
 何かが心に沸き上がるような、ぼわっとした感覚が全身を貫く。それはまるで悪寒。 
 ルディオはとっさにその場に伏せた。
 その頭上で、直後、轟音が響く。

 たまらずに耳を塞いでも、そのばかでかい大気の震えが頭の中にこだまするのを止めることができない。目だけでそっと上を見やれば、そこは白くかすんでいてさっきまであったはずの建物の屋根も見えない。
 柱の外で、何か良くないことが起っている。
 その「何か」のあらゆる可能性を考えながら、ルディオは待った。待てばやがて災難は去る。向かう術すべなく手出しをするな、とルディオを教えた導師は言った。だから待った、音の止むまで。
 風の爆発する音、何かが崩れる音、ぶつかって砕ける鈍い音、薙ぎ払う音、さまざまな音が混ざり合う。しかし徐々に徐々に、音は小さくなっていった。それに伴って、かすんでいた視界も、晴れていく。
(去った、かな)
 ルディオは気を許して、そこにごろんと仰向けになった。
「あー、何だったんだ」
 消えていく音を聞きながら、ルディオは頭上に広がるまっさらな空を見ていた。
 空を。
(……! なんで空が見える?)
 一拍おいて、頭の中が真っ白なまま、ルディオはがばりと起き上がる。
 なぜ空が見える? ここは屋内のはずなのに、屋根が見えるはずのなのに。
 柱をつくる壁に手をかけた。外はどうなっている?
 体を持ち上げずに、首を伸ばして顔だけ出す。外が見えた。
 ルディオは言葉を失った。

 崩れかけの柱を残して、辺り一面焦土と化していた。眠る前まであったはずの草も木も花も、柱を保管していた白い建物の形跡も、何もかもが無くなっている。目の前に広がるのは焦げ付いた大地のみ。
 何が起ったのか理解が追い付かずに、ルディオはただ呆然とその光景を眺めた。
(これって……)
 見渡せば、何もなくなった大地は、柱を中心に綺麗に円形に広がっていた。その境界を描く円周をたどるように視線を動かしていくと、ちょうど半周したあたりで、まだ緑を残す場所に人影が2つ見えた。はっとして、ルディオは慌てて首を引っ込めた。
(誰だ?)
 再び、不安が身を包む。
 これほどのことを、たった数分でやってのけたのだ、彼らは。魔術師院の人間では絶対にあり得ない。今日は儀式の日だし、何よりこの場所に近付いてはならないことを皆知っている。来るはずがない。
(じゃあ誰だ?)
 ルディオの知る限り、シリウス島のほかにも魔術師院は存在する。そこの魔術師院の者だろうか? だがもし来るなら、まず使者を立てセファルを通じて来るはずではないのか。それに師院の外で大きな魔術を使うことは、どこの師院でも確か認められていないはずだ。
 だがもし彼らが、禁忌を犯すことにためらいを感じない人間だとしたら。
 彼らが、禁じられた術すべを、他人にも自身にもあまりに危険なその力を用いる者たちだとしたら。
「まさか……黒魔術師?」
 そうではないという保証はどこにもないのだ。

 ルディオには、さきほど見えた人物がだんだんと近付いてくるのがわかった。足音がするわけでもないのに、気配がそう告げている。
(どうする?)
 災難を自ら乗り越える術すべは、まだ教えられていない。ルディオの魔術の力は弱く、それにまともな技ひとつ知らない。
(違う、向かうことを考えるんじゃない。ここは逃げるんだ)
 ルディオは、待った。
 彼らが最も近付いたとき、彼らに向かって突っ込もう。そのまま不意をついて逃げるのだ。
 壁に体を張り付かせ、いつでも飛び越えられるように構えた。タイミングを測るように息を深く吸ったとき、影が差した。
 予想よりも早い――
 心臓がびくんと跳ね上がるのを感じた。

「恐れずとも良い、人間よ」
 声が響く。
 深い、厳めしさを伴う声。
 ルディオは警戒したまま、声のするほうを見た。人影は2つ、そして思ったよりも小さい。
「我らが必要とするは“柱”のみ」
 不思議な言葉がなおも響く。
 その声が眼前の者から発せられたとは、にわかには信じ難かった。ルディオの目の前にいたのは、まだ小さな2人の子どもだったから。








□□
 自らの起こした爆発が止むと同時に、アルファルドアルデバランは開き構えた右手を下ろした。
 前方の輝きが消え、霧が晴れるように視界がさっとひらける。
 「柱」が、確かな存在感をもって彼らの前に現れた。それこそ彼らが求めていたものだ。
 重々しく、アルファルドは一歩を踏み出した。

「……待て」
 アルタルフアセルデスが、そのアルファルドの歩みを止める。
 何ゆえかと問わずとも、アルファルドにもその理由がわかった。

 人間だ。
 「柱」の中にヒトがいる。

 その者は柱から顔を出し、周囲を見渡している。やがてこちらを振り向くと、すぐに首をひっこめた。
「誰ぞ近付けるな、とはすでに忘れられし取り決めか」
 その様子を見遣ってアルファルドが憤りを込めて言った。
「汝、あれや如何いかがする」
 アルタルフがアルファルドの背に問わば、
「連れゆこう」
 間髪いれずにアルファルドが応えた。
 彼らの力を持ってすれば、人間ひとり消してしまうことなど容易い。だが「柱」のために殺めては、そもそも「柱」の意味を無くすことになる。彼らは、初めからヒト一人を同行させるつもりでいた。ならばあの人間を連れていけばいいだけのこと。
 憤りを抑え、アルファルドは再び、歩き出した。








□□
 子どもは、2人とも珍しい容姿だった。
 一人は灰色の髪と瞳、少年で、どこか人間らしくない雰囲気が漂う。もう一人は青い髪と瞳、それに長く伸びた髪の間から、長く先の尖った耳がのぞいていた。
「……エルフ?」
 思わず声が漏れた。森の妖精族であるエルフを、ルディオはまだ見たことがない。しかしエルフよりも、その隣に立つ少年から、ルディオは目が離せなかった。
 エルフの声は澄んでいて綺麗で心地よい音だと聞く。ならばさきほどの低い声は、隣の少年のものだろう。エルフに魔術は扱えないはずだから、だとしたらあの轟音と爆発は、この少年が起こしたものということになる。
(こんな、子どもが……?)
「お前は、誰だ? どこから来た?」
 恐怖よりも好奇心のほうが強くなった。自分よりも若い、12か13かそのくらいの子どもが、あれだけの巨大な魔術を扱う。一体どこでその技を身につけたというのだろう。それとも人間ではないのか。ルディオは壁をよじ登って外に出ると、付け加えるように言った。
「俺はルディオ。ルディオ・ハーディ。おま……君らは?」
 エルフと少年が、互いに譲り合うように顔を見合わせた。
 エルフのほうが先に口を開く。その声は、想像よりもずっと低い。
「我が名は、アルタルフアセルデス。時を待つ者だ」
 続いて少年が口を開く。
「我が名は、アルファルドアルデバラン。独りなる者だ」
 長めの似たような二つの名前は、ルディオに何かを思い出させる。どこかで聞いたことがあるような、耳障りのよい響き。だがそれが何だったのか思い出せずに、ルディオは諦めて首を振った。

 アルファルドと名乗った、少年のほうが手を差し伸べる。
 ルディオがその意味を受け取れずに困惑した顔を浮かべると、アルファルドは言った。
「我が手を取れ」
 変な言い回しを使う、と思いながらアルファルドの手を取ったルディオは、突然激しいめまいに襲われた。視界が歪み、耳の奥が悲鳴をあげて、頭の中がかき回されるような……。
「って!」
 地面に腰がすとんと落ち、その衝撃に軽く痛みが走る。気付いたときには、柱を取り巻く焦土の、外側の緑の残る大地に座り込んでいた。
 遠目に、柱の近くに人影が2つ。今の一瞬で、そこからここへ飛ばされたに違いない。
「何すんだよ!」
 ルディオが怒って立ち上がると、声がした。距離を感じさせない、先ほどと変わらない大きさの音で。
「汝は来きたるな、人間よ。そは我らが約定」
 反論を許さない声音が重たくのしかかって、ルディオはそれ以上動けなかった。仕方なくその場に座り込む。柱のそばで、2人が動き出すのが見えた。

 アルタルフが“柱”に近付き、状態を看ていた。良好だった。物質的に崩れているのは、別に構うことではない。今から建てる柱の土台になりさえすれば良いのだから。
「アルファルドアルデバランよ」
 アルタルフが名を呼わば、アルファルドが応えるようにうなずいて、柱に近付く。アルタルフは胸の前で、両の手のひらを開いて向かい合わせ、目を閉じた。
 その両手の中から光がこぼれはじめた。
 青い輝きの中で、別の何かが煌めく。それは水滴のような色と形をしている。そして時間が経つにつれ、だんだんと具現化していく。それが完全に物質となって質量を持ったとき、アルタルフの両手の中の青い輝きが消えた。そして支えを失ったように、現れた物質がすとんと落ちた。
 それは、輝石だった。魔術師達が身に付けているものと同じ成分、性質を持つ石。輝きは無く、魔術師院の紋章こそ入っていないが、それはまぎれも無く輝石だった。
 アルタルフは、大地に落ちたそれを拾い上げ、アルファルドに渡す。受け取ったアルファルドは、それを慎重に、“柱”の中央に据えた。そして2人は柱から距離をとる。アルファルドが両手を柱に向けてかざし、詠唱を始めた。

 静けさに包まれた森の中、アルファルドの低く威厳のこもった声だけがあたりに響く。
 声に反応するように、“柱”の中央に置かれた水滴型の輝石が光り始めた。はじめぼんやりと発せられていた光は、やがて方向性を持ち、それは天空に向かって伸びていった。長く長く、ずっと長く。
 天を貫くほどに伸びた一条の光は、それから徐々に膨らみはじめた。線のように細かった光が、柱のように太くなっていく。少しずつ、だが確実に。
 間もなくして、その光の柱は、元からあった崩れかけの柱と同じ直径になって、二つは重なった。
 その瞬間、石づくりの崩れかけた柱が、元の姿を取り戻しはじめた。“柱”の根元から、光が石のように硬くなっていく。
 石の柱が光の柱をすべて支配すると、それを見守っていたアルタルフも、詠唱を始めた。
 両手を“柱”に向ける。すると、そこから水色の輝きが現れた。それはまるで布地のように薄く、なめらかな輝きだ。幅の短い長い光の布が、石の柱を螺旋に包み込むように舞い上がる。
 光の布が完全に柱を包み込むと、アルタルフは力を解放した。水色の光が石の柱に溶け込み、“柱”全体にその光の色で、紋章のような文字が刻まれる。
 アルファルドもまた、力を解放した。輝く文字から光が消え、その色が黒へと変化を遂げていく。全体に輝きを失った“柱”自身もまた、白がかった灰色になった。まるで、アルファルドの髪の色のような。
 
 そうやって、ひとつの柱が出来上がるのを、ルディオはじっと見守っていた。
 ずっと放心したように見ていたが、一度だけ、ちょうど光の柱が石の柱に変わっていったとき、心の底で何かがぞわりとした。
(あいつらは、何者なんだろう?)
 ――何をしているのだろう。
 自分の密かな隠れ家を奪われた憤りよりも、彼らが何かを始めようとしていることへの不安のほうが大きい。
(これって、だれか導師に言ったほうがいいよな、絶対)
 ルディオがそう決めたとき、それまで聞こえていた不思議な音色の歌のような旋律が止んだ。
 彼らが「柱」と呼んだものが、終わったのだ。








□□
 アルファルドは、疲れを感じもせずに、つと後ろを振り向いた。
 先ほどの人間は、まだそこにいる。
「アルタルフアセルデスよ」
 アルタルフが同じように振り返って、人間を見た。そしてそのほうへと手をかざす。詠唱もなしに、小さく力を放つ。
 それは、眠りを催させるものだった。同時に記憶を奪うものでもある。この次目覚めたとき、ルディオはここで見たことを覚えてはいない。連れていくとしても、2人にはそのほうが都合がいい。
 ルディオが完全に意識を手放したとき、その場から姿がかき消えた。魔術師院のそばに、転送させられたのだ。
 
 役目を終えて、アルファルドアルデバランと、アルタルフアセルデスもまた、自らの意識を手放した。
 少年の髪に水色が戻り、エルフの髪に金の煌めきが戻った。
 開かれた同色の瞳。
 レオンとプアジェは、何の前触れもなくそこで突然目を覚ました。




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