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奇 跡 の 柱 輝 石 の 柱

第 2 話「 選 ば れ し 者 」

――――初 手 の 柱 を 見 し 子 ど も


カー
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フの月8日
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 賑やかな声が聞こえてくる。老若男女入り交じった、楽しそうな声。

 すっきりとよく晴れた空が広がっている。その下に、大陸と呼ぶほど大きくはないにしろかなりの大きさの陸地がある。島だ。世界で最も東の地、シリウス。
 島の西側には村がひとつあった。ヘルクレスという名で、島の大きさの割りに小さなこの村には、およそ200人余りの人々が暮らしている。その村と、村の周辺部を除く、残りの広い土地には緑豊かな森が広がっていた。人々はその森を“レグルスの森”と称していた。
 森の奥には、一繋がりの大きな大きな建物がある。入り口がかろうじて分かる程度の、不思議に入り組んだ形をしている。建物自体に名前は無いが、彼らはその場所を「魔術師院」と呼んだ。魔術師達のいる場所だ。
 魔術師院には、120人ほどの人間が暮らしている。幼いのはまだ3才になる少女から、老いたのは齢70才を数える者まで、さまざまな人間がそこにはいる。しかし実際に魔術師と呼ばれる者は、全体の半分にも満たない。その中で最も多くの知識と経験と能力、そして最も高い資質を持っていたのは、まだ若いセファルという名の男性だった。セファルは魔導師であり、このシリウスの魔術師院の最有力者であり、同時に総責任者でもあった。彼を始め、導師級の冠を戴く者は、全部で19人いた。
 そして今日、暦にして5124年カーフの月8日、新たに2人の魔術師がその能力を認められ、魔導師になるための儀式を受けることになっていた。
「だからさ、昨日このチビがまたろくでもないことを」
「チビって言うな!」
「まあ黙れよ、少年。それで、どうした」
「それがさ、」
 賑やかな声が聞こえてくる。あちらこちらで聞かれる、老若男女入り交じった、楽しそうな声。ちょうど昼時だった。思い思いの場所で、彼らは同時に食事をとる。午後からは儀式が待っている。儀式には、魔術師院の住人全員が出席することになっていた。時間通りに食事を終えたら、建物の東側に位置するちょっとした広場に集まり、そこで厳おごそかに執り行われることになっている。
 あと1時間もすれば、数年に一度のこの儀式は始められるだろう。








□□
 東の孤島シリウス、その上空に珍しい生き物が現れていた。長い体躯に巨大な翼、その身を鱗に覆われた、世界で最も大きな生き物、竜ドラゴン。澄みきった空の中、迷いこんだような一頭の空色の竜が、降り注ぐ陽射しをその鱗に反射させながらゆっくりと飛翔していた。
 透き通るような淡い空色をしたその鱗は、ときに紅くもなり、黒くもなる。それは文字通り空色の鱗なのだ。いくつもの空の色を映し出す、そんな鱗を持つ竜は、この世界にたった一種しかいない。人は彼らを、空竜エアドラゴンと呼ぶ。
 その空竜の背に、小さな小さな影が見える。空竜の背の突起に隠れてしまいそうなほどの大きさしかない。明るいオレンジ色の衣服に身を包んだその生き物は、流れるような長い金の髪と、まばゆい陽のような透き通る金の瞳、それから二つの長い耳を持っていた。エルフだった。
 エルフが、空竜の顔に自分の顔を近付けた。
「…………」
 竜の耳もとで何事かをささやく。やがてエルフが元の位置に座り直すと、空竜は心得たように短く吠えた。そしてゆっくりと旋回しながら、高度を落としていった。羽ばたきの余韻が、森の木々を揺らし葉を落とす。風に舞う木の葉の中、しばらくしてエルフを乗せた空竜は、シリウス島、レグルスの森の中に着地する。地を風が抜け、落ちた葉が再び舞って、落ちた。

 竜の背から降り立ったエルフは、すぐに竜のほうを振り返った。エルフは、空竜の周囲の風が動き始め、葉を巻き込みながら水色に輝いて、その風が空竜を包み込むのを見ていた。風の勢いがおさまったとき、巨大な生き物の姿は無く、代わりに中心部に一人の少年が立っていた。水色の髪に、水色の瞳、そして額には、竜族の証である水色の宝玉がはまっている。
「ふうん、なるほどね、そうやって人間の振りをするのね」
 感心したような声で、エルフが言う。そのエルフの言葉に、竜の子どもが笑みを浮かべた。
「振りじゃないよ、これは僕らのもうひとつの姿だ」
「私達が二つの姿を持つのと同じかしら。……私はプアジェ。光の森のエルフ族の娘よ。貴方は何処の竜?」
「僕はレオン。ここからだと南方にある、ベテルギウスの竜だよ」
 陽はちょうど南中している。レオンは陽と垂直の方向に手を伸ばした。
「だけどどうして、僕らはあんなところにいたんだろう?」
「貴方が連れてきたんじゃないの? 私よく覚えてないのよ?」
「僕だって」


 気が付いたとき、2人はあの空にいた。どこで会ったのか、いつの間に見知らぬ空まで来たのか、全く覚えが無い。それでもこの島に来なくてはいけないような、焦りにも似た不思議な感情を押さえ切れずに、降りてきたのだった。
 異なるはずの2人の言葉が通じることに、気付いたのはそのときだった。
[あの島、何かあると思うの] 
 エルフ語でささやかれた言葉は、竜族の言葉しか解さないレオンの耳に届いた。
『わかった』
 竜の音で応えた返事は、エルフの言葉しか解さないはずのプアジェの耳に届いた。


 そうして2人は今ここにいる。見知らぬ土地で、見知らぬ空の下で、心のどこかで見知らぬ何かを求めている。それは大きな不安となって、2人の身を包み込む。
「此処にこうしていてもしょうがないわ、行きましょうレオン?」
「でも、どこへ?」
「大丈夫よ、この先に何か大切なものがある気がするの。それを辿っていけば」
 プアジェの言う「先」に、何か大切なものがあるとレオンも感じた。
「わかった、行こう」
「任せて。森のことは私よく知ってるんだから」
 金の髪をなびかせてプアジェが歩き出す。後を追ってレオンが走る、風に舞う水色の髪が陽に煌めいた。








□□
 陽の射す森の中を、青っぽい格好の少年が歩いている。彼の名はルディオ、こっそりと魔術師院を抜け出してきたところだった。間もなく、新しい魔導師誕生のための儀式が始まる。ルディオはそれを嫌がって、逃げてきたところだった。堅苦しいものを毛嫌いする彼は、その長く退屈な儀式に出席するつもりなど無い。
「んー」
 陽のなかで伸びをひとつ。少し眺めの茶色の髪が肩のところで揺れる。つむり、開かれたのはよく動き観察力の良い茶色の瞳。
 年は16、しかし年の割りに小柄なのと童顔なのとで、やや若く見られることもある。魔術師院に来てから、もう10年が経つ。
 右手には、魔術師の証である“魔術の鐶”をはめていた。力こそまだ弱いものの、彼は魔術師なのだった。鐶には、魔術師院の紋章が入った青い石、輝く石――「輝石」と呼ばれるものがひとつ付いている。それと同じものを、服の胸のあたりにも付けていた。この石の数が、持ち主の力量を示すのだと言う人もいる。ルディオは10才のとき、“証の石”を授かった。魔術師として認める、という証であり、最初に受ける「石」でもある。それが今右手にはめられているものだ。魔術師達は皆、それを右の手首の鐶にはめている。
 ルディオは、森の中を迷うことなく進んでいた。その道はよく知っていた。道の先には、こじんまりした白い建物があるのだ。その建物は内側に崩れかけた巨大な柱を保管しており、ルディオの絶好の隠れ家となっていた。
 柱が神聖なものであるらしく、導師達は口を揃えて「近付いてはならない」と言う。だから他の人が来ることは決してない。皆セファルの言うことには従うから。しかし好奇心に勝てず、何があるのかと見に来たルディオは、この静けさと無人さと、居心地の良さが気に入った。以来、よく遊びにくる場所となっている。
 保管されている崩れかけの柱は、大の男が3、4人手を繋げばやっと届くくらいの太さがあった。
(何の柱なんだろう?)
 神殿を支えるものだとしたら、その神殿はかなりの大きさになるだろう。もっともそれはほとんど潰れていて、中が空洞になっているせいで、柱というより丸い壁に囲まれた部屋のようだった。高低ある壁の一番低いところはルディオの背丈ほどしかなく、瓦礫を伝えば簡単に内側に入り込める。ルディオはでっぱった壁に手をかけ、脚をかけて、弾みをつけて体を持ち上げた。高い位置に脚をかけ直し、壁を跨またいで、いつもみたいに簡単に壁を乗り越える。続けてすとんと内側に降り立った。
 そこは、不思議な感覚が身を包む場所だ。
 ルディオは壁の内側に背を預けて座った。その姿勢が好きだった。目を閉じると全身を安堵感が包み込む。怒りも悲しみもすべて消えていくような、例えようのない感覚。そしてここにいる限り、魔術師院の人に見つかることもない。
 堅苦しい儀式が終わるのは、夕暮れの頃になるだろう。それまで眠ろうと思って、ルディオは目を閉じた。しんとした森の中、陽射しと、葉のこすれる音と、ときおり鳥の鳴き声だけが聞こえてくる。安心して、まもなくルディオは寝息を立てはじめたのだった。








□□
 森のエルフと、竜の子どもが、2人そろって森の中を歩いていく。前をゆくプアジェはときどき振り返っては、竜族の少年がちゃんとついて来ているか確かめる。彼女の足取りは軽い。それにとても楽しそうだった。
「どうしてそんな、嬉しそうなの?」
「森はね、エルフの故郷みたいな場所なのよ」
 プアジェは軽やかに跳ねた。二つの長い耳の間に流れる金の髪が、背で躍る。レオンはふと頭上を見遣って、降り注ぐ陽射しに目を細めた。
(僕は空のほうが落ち着くなあ)
 見知らぬ土地の深い森は、森を知らないレオンを落ち着かなくさせる。
(プアジェはどこまで行くつもりなんだろう?)
「ねえ」
「見て、レオン。あそこに白いのが見える?」
「見える」
 竜の眼差しはエルフのそれよりも遠くまで届く。プアジェの指差す方向に、レオンも白い何かを認めた。それはこの森にあるにしては不自然な、浮き上がるようにくっきりと白い建物。人間のものだろうか。
 しかしレオンは、初めて見るはずのそれを知っていた。どこかで見た記憶があるのではない、知っている、鮮明に覚えている。けれど何なのかは思い出せない。
「プアジェ、あれ……」
 知っているか、と続けようとしたとき、視界が揺れた。
(何?)
 言葉が紡げない。声が出ない。あっと思った次の瞬間には、目の前が真っ暗になっていた。からだが深い黒い穴に沈んでいく。レオンは自分の意識が小さくなっていくのを感じた。もう何も見えない。
「なあに?」
 名を呼ばれて、プアジェが振り返る。名を呼んだレオンは、しかし目を閉じていた。
「どうしたの?」
 問いへの応えは無い。手を伸ばそうとして、プアジェは立ち止まった。レオンの様子がどこかおかしい。見ていると、透き通るような水色だった髪の色が、洗い流されたように消えた。あとに残ったのは、白に近い灰色。プラチナでも白銀でもなく、くすんだ白。そして瞳がゆっくりと開かれると、その瞳もまた、水色だったものが灰色へと変色していた。
「何?」
 プアジェは一歩、下がった。
(違う。これはレオンじゃない)
「地に降り来たりし者よ、汝が名を」
 低い声が流れた。それがレオンの口から発せられたものだとプアジェが気付くまでに、数秒を要す。さっきまでとは違う、低く、どこか威厳のこもった声は、もちろんレオンのものではない。
(貴方は……)
 誰、という問いかけは音にならない。のどが詰まっているのではない、何かが自分の声を抑えているような、ひどくもどかしい感覚。息を吸おうとプアジェが口を開けたとき、目の前が真っ暗になった。吸い込んだ森の大気は胸まで届かない。息苦しい。やがてプアジェもまた、自分の意識が小さく沈んでいくのがわかった。

 プアジェの流れるような金の髪と金の瞳が、濃い青へと変わる。言葉を紡ぐその声は、すでに彼女のものではなくなっていた。
「我が名は、アルタルフアセルデス。終わりを見つめ、時を司る者」
 青い瞳は、真直ぐに灰褐色の瞳を見る。
「地に舞い降りし者よ、汝が名を」
「我が名は、アルファルドアルデバラン。ただ定めを追い続ける者」
「ならば追う者アルファルドよ、初めの約定は果たされたり」
「いかにも、初めの約定は果たされたり」
 レオンとプアジェの身体を借りた者、アルファルドとアルタルフは、互いに名乗り合うと、ゆっくりと前方に体を向けた。そこには白い建物がある。二人が求めていたものがある。
 アルタルフが言う。
「あの白き護りは、すでに必要無き結界なり。我が目的は“柱”のみ」
「不要なる結界は、我が力以て解除す」
 アルファルドが応え、右手を建物へと向ける。指先は軽く開かれ、彼は静かに目を閉じた。自らが内包する力を、ゆっくりと右手に集中させる。アルファルドの右手が、白い輝きを帯びていく。
 そして、力を一気に解放した。右手の輝きが消え、前方の建物がぼうっと輝く。白い建物は半球の輝きに包まれ、見えなくなる。
 ほどなくして、轟音が響いた。
 その中で爆風が弾けた。




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