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奇 跡 の 柱 輝 石 の 柱

第 1 話「 空 翔 る 竜 の 島 」

――――か つ て 闇 と 戦 い 退 け し 種 族 の 中


夜明
On

けのベテルギウス
.Betelgeuse in the dawn


 黒い海の向こう、世界の南の最果てに、それはある。
 小さいが嶮しい山々が連立する島、ベテルギウス。
 またの名を“空竜の島”という。一日のほとんどを空で暮らす空竜エアドラゴンが、その島に多く棲息しているからだ。彼らは自らの住処たる小さな世界を護るために、竜の結界を張っていた。だからこの聖域には竜族しか入ることはできない。
 海から近付く者があれば、風が荒れて波が狂い、その者を海の底に沈めようとする。空から近付く者あれば、竜巻きが起こり、その者を飲み込み、遠い彼方へと吹き飛ばそうとする。だから今、この島に近付く愚かな者はどこにもいなかった。

 否、いないはずだった。
 ……不穏。
 何の前触れもなく突然湧いた大いなる違和感に、一斉に空竜エアドラゴン達が吼えた。

『誰ぞ!』

 強力な結果を張っていたにもかかわらず、何か大きな異質なるものが、侵入してくる。
 暗い海を越えて、何かが竜の聖域を侵しにくる。
 
『誰ぞ!』

 咆号の中、侵入者は来た。
 決して破られるはずのない結界を、破るのではなくくぐり抜けてきたそれは、一人だけ――ただひとつの意思だけだった。
 それは不思議な響きを持つ「音」。姿が見えず、若いのか老いたのか、男なのか女なのか、まったくわからない。音、すなわち声だけで判断するには、難しく思える存在。
 けれど存在だけは確かに。
 竜が吼える。
 侵入者が降り立つ。
 眠っていた竜達が騒ぎに気付き、一匹また一匹と目覚めていく。そして侵入者が降り立った場所に集まり始める。
 戦慄に身を包まれて、それでも戦闘体勢を整えた竜達が、侵入者を取り囲むように輪をつくる。
 侵入者がわずかに動いたような気配が伝わるか、否か。
 その刹那――。
 音も無く、閃光が弾けた。視界のすべてがまばゆき白一色に染まる。光しか、見えない。
 誰かが吼えた。恐慌を来した竜達が、次々に狂ったように吼えた。








□□
 落ち着きを取り戻した空竜エアドラゴン達がまぶたを開いた時、眼前に、島の中心に、巨大な光の柱が出来ていた。その隣には、小さく揺れる影が見える。
 それが「侵入者」だと、誰もがとっさに認識した。
 声が響いた。
「汝らの器、借りに来たり」
 心の中に、直接響いてくるような、不思議な音。そしてもう一度。
「汝らの器、借りに来たり」
「器とは、何ぞや?」
 繰り返された声に、竜族の誰かが問い掛ける。声は応えた。
「意思を宿すに相応なる肉体を、器を借りたし。我々は器を持たぬ。この地に自ら干渉する手立てを持たぬゆえ」
「今、なんと」
 動揺が、竜族の間を駆け抜ける。「器を持たぬ」とは、肉体を持たないということ。意思――魂だけの存在であるということ。そんな存在は、「竜」よりも上位の「竜王」か、神々だけのはずだ。
「何ゆえ、此処へ?」
 別の竜が、震えた声で問う。その場にいるすべての竜が、その答えを待って、光の柱の横で揺れる影を見つめた。
「我が目的を果たすため」
 声は応え、同じ言葉を繰り返した。
「汝らの器、借りに来たり。ひとつでよい、借りゆこう」

 竜王に、果たすべき目的など無い。それはこの世界で役目を終えたものが行き着く姿なのだから。
 ならば、今、目の前に在るものは?
 竜王でないのなら、それは。
 ――神か、それとも他の何かか。
 空竜エアドラゴン達は互いの顔を見つめた。疑問と疑念と疑惑とが、互いの心を交錯する。何を信じ何を疑えばいいのかさえ、わからない。ただ同時に抱いた問いは三つ。
 何ゆえ神々が、あるいはそれに匹敵する何かが、ここへ来たのか。
 目的とは何なのか。
 竜の器を以て何をはじめようというのか。
 投げかける問いを音にしようと、竜達が揺れる影を見た時だった。影の揺れが激しくなり、一瞬見えなくなる。

 直後、竜の輪の外に影が現れる。離れて立っていた、子どもの背に。
 次の瞬間には、影は、その竜の子どもを飲み込んでいた。その子は、竜ではなく人間の姿をまとっていた。神々と同じ外見だと言われる人間の姿、竜よりも弱い生き物のかたち――そのためだろうか、遅れをとったのは。
 背に踊った影が、瞬く間に子ども身体の中へと消える。心に潜り込み、横たわる。とたん、子どもの髪と瞳の色が変わった。澄んだ水色だったのが、一変してくすんだ灰色になる。人間の姿をまとう竜の子の口が開いて、声が漏れる。竜の声ではなく、不思議な響きをもつ声が、辺り一帯を満たす。
「汝らが器、確かに借り受けたり。感謝いたそう。そして、更なる頼みあり、此の柱を……」
「汝、我が種族の器を返せ。あるいは此の地にて滅びを選ぶか」
 声をさえぎり、竜が言った。それは怒りを秘めた声音だ。突然奪われた同胞はらからを思うゆえに発せられた強い声音だ。
 普段は大人しい空竜エアドラゴンだが、仲間の危機となると見境が無くなる。答えのない侵入者に対し、竜が構えた。子どもを奪い返そうと、今にも飛びかからん勢いで。
 そのとき、まるで時が止まった。
 風が止み、音が止んだ。
 瞬間、再び閃光が弾ける。
 白くはない。それは溢れんばかりの黄金こがね色だ。視界が金色こんじきの光に塗りつぶされる。
 竜達は吼えたが、光は止まない。
 視覚が完全に戻った彼らが見たものは、一頭の空竜エアドラゴンの姿。それは彼らの数倍はあるだろう巨体を持ち、身体全体が半透明で、淡く薄く輝いていた。
 竜王だった。肉体が滅び、魂だけの存在となった竜族。その力は、古には神々にも匹敵するとさえ言われている。
 竜王はゆっくりと地に降り立った、まるで肉体のあった頃のように。
 そして、口を開くともなしに重々しく告げた。
「この者の望みを叶えよ」と。
 声は、耳からではなく直接心に響いた。
「それが今、汝らの為すべき最も重きことであるがゆえに」
 現れた竜王は、すべての異議を拒むかのように目を閉じた。
 竜が、しかし疑問を投げかける。
「そは何ゆえか」
「今は、未だ」
 竜王が目を開き、侵入者が乗った竜の子を見やる。まるで侵入者の言葉によって、現れたかのような仕種で。
 その姿は侵入者の見せる幻のようにも思えた。しかし竜達は、その竜王が本物であることを知っている。彼らと同じ魂を抱く、竜の同胞はらからだと知っている。
 だからこそ、問う。
「何を、はじめようというのか」

「精算だと、後なるものはそれを呼ぼう」

「今でなくてはならぬものか」

「ならぬ」

「我々でなくてはならぬものか」

「ならぬ。……此の地に残りしものでなければならぬ」
 竜王が、時を捨てたものが、首を振る。
「汝ら知れかし、あるいは手を拱こまぬき再び繰り返さんとするや?」
 もっとも老いた竜が、間もなく時を捨てるものが、首を振る。
「汝を、我ら定命あるものは信じて良いのだな」 
「無論」
 そして竜王は消えた。

 まるで幻覚のように。
 何事もなかったかのように。
 空が白みはじめていた。ベテルギウスの嶮しい山々を赤く染めはじめていた。島の中央、竜達に囲まれて、薄れかかった光の柱の横に、人間の姿をした竜の子どもが、竜ならざる魂を宿したものがいる。
 子どもは再び口を開いた。




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