ここのところ、2人には災難が続いていた。信じる者は無に等しかったが、2人があのガンダムのパイロットであるという噂が広まったせいである。噂には尾ヒレがつくと相場は決まっており、ここでもその常識が守られた。
夜中にナイフを持って歩くのを見ただの、銃声が聞こえただの、寮に爆薬を仕掛けているだのと、尾ヒレはエスカレートしていく一方だ。真実でないと断言できる当の本人たちは、今日も何かといたずらをされた。
だがヒイロは無視を決め込み、その無表情さは全く変わらなかった。デュオはデュオで、いたずらされることを楽しんでいるふうでもあった。つい2時間程前も、パイロットかと直接聞かれ、だったらとっくにお前を殺しているさと少々危険な台詞を吐いて、相手に恐れられたばかりである。
そんなこんなで今は夜。相変わらずデュオはヒイロの部屋に居候していた。入ってきた時そのまま、床に敷かれた布団に寝そべっている。部屋の持ち主は机に向かったまま、何やら作業をこなしていた。宿題だろうか。
「ヒイロ? まだ終わらないのか、それ」
いい加減、沈黙にたえられなくなった口を開いたのはデュオだ。いつもの事だ。
「お前さぁ、すっげぇ律儀だよなぁ。なんていうか、完璧主義って奴?」
デュオは姿勢を変えて、仰向けになった。視界の中に、何の変哲もない灰色がかった白い天井が映る。その中に、めざとく黒いシミを見つけた。
「完璧すぎるから……何か少しでもミスると、全部ダメになっちまったように思えるんだぜ」
目を閉じると、故郷でのことが蘇る。気楽に暮らしていたデュオにとって、1つや2つのミスなど、寝坊するより小さい事に過ぎなかった。もっとも今は、その一つのミスですら許されない状況にあるのはわかっているけれど。
デュオが何か言おうと上体を起こした時、軽い電子音がした。あわててヒイロに近づき、その手元を覗き込んだ。そこにあった小さな液晶のディスプレイに、いくつものアルファベッドにまじって小さな数字が読めた。
2nd June
「……ってことは、明後日だな、任務遂行は」
デュオは、学園の窓の外をヒイロがいつも見つめている事も、その視界にOZの海上要塞しか映ってないことも、とっくに気付いていた。自分と同じ任務を背負っていることも。
「まぁ、当日は早い者勝ちってことで、どーだ?」
「あぁ」
珍しく返答したヒイロを不思議に思いながら、デュオは定位置へと戻った。布団の上へ、である。
そうして夜はまた、一層ふけていくのだった。
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