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    はる
    悠かなる蒼天           2001.02.02   



鈴の音、
葉の緑、
弾けた水泡の残骸もなき水面、
銀の光り、
白く冷たい息、
暗く凍えた域、
焼けた故郷
……そは眠る。そは遠き記憶。

 蘇る、古の盟約――私の身に流れる血が、それを覚えている。

――――――誰? 誰がリナシタ起こしたの?




 澄んだ音を響かせて、グート・コールヘルンが歩いていく。鳩羽色の薄い衣をその身に纏い、抱えている象牙色の錫杖には深い刻みがある。
 彼女は人を探していた――だが、彼女はその人の名も顔も知らない。
会えばわかる。だから探して歩いていく。
 衣擦れの音、とても澄んだ音が静かに響く。


 雨の音。瓶覗色の髪が濡れていく。不完全な覚醒。意識が目覚めるまでに、しばらくの時を要す。
 エーアステは、両目を見開いた。
 遥か地平線まで続く大地の荒れ様を、一つ残らず記憶しようとする。
 驚いたのも、ほんの数秒だった。再び目を閉じるまでに、数秒だけ。網膜に焼き付いた光景、それが今さっきの視界の風景と重なる。

「…マイトリンク。君は、何処へ…」

 炎上の王城が見える。風に煽られ、緋く昇る炎が。
 瞬きする間に、蘇る。

 エーアステは、両目を開けた。雨粒が目の奥までも入ってこようとする。暗い天井が、まるで押し寄せてくるよう。
 歩きだす、焼跡に残骸を求めて。雨が背を押す。

――リジェネラズィオーネ……我々の、『再生』




 不毛の地を、言葉も無しに歩いていく。首に巻いたくすんだ青色のマフラーが歩く速度の勢いに揺れはためく。瞳は閉じられ、視界は暗かったが、ザウアストフ・ヘルナルスは道に迷うことはない。

――早く、早くズュートジールへ行かなければ。

 強く思うほど、足が早くなっていく。それに気付いて、彼を追い掛けていく少年が抗議の声をあげた。羽織った鶯色のコートが、少年の身には少し大きい。
「待って、そんな急がないでよ」
 ザウアストフは声に立ち止まり、目を開けて振返った。ぱたぱたと駆け寄ってくる少年。その頭を軽くなでる。
「ついて来たいと言ったのはお前だろう…シュレヒト」
「そうだけど」
 行くぞ、と踏み出す。ザウアストフもそれに続く。
 かつて長く降り続いた雨は、ずっと昔に止んだと言う。
 それ以来、長雨は見ていない。この地には一滴の水も落ちない。何が起きたのだろう。
 ザウアストフは不安を見せまいと無表情を保っていた。が、その薄い仮面の下で、目まぐるしく思考が動いていった。
 暗い天井にうんざりしそうで、できることならなるべく前だけを向いていようと、シュレヒトはザウアストフのくすんだ青色のマフラーを目印に、進む。

 そのマフラーが急に宙に大きく揺れ…
「ザウアストフっ」
 とっさに何も考えられず、名を呼ぶ。

 気付いたときには、自分の首まわりに。
「寒くなる…急ぐぞ」
 温かな、他人のぬくもり。くすんだ青色のマフラーは少年の首に巻かれていた。
 …何も、聞こえなくなる。




「マイトリンク? いーや…知らん名だな。人の名? 地名? それとも、なに? 伝説の魔王の名、とかそういうの?」
「…似たようなものだ」
 眼差しの見つめる先は変わらず、ぼそり、と答えておく。
 ふざけているのか、本気で知らないのか、相手のその口調からだけでは、彼にはわからない。
「もしかして、あんたそいつと知り合い?」
「…似たようなものだ」
 埒があかんな、とだけわかった。

 もしも…、と、あり得ぬ過去を思う。
もしも自分とあいつがもっと早くに知り合っていたら、この『再生』は止められたかもしれない。

 じっと見つめる先には、思い出の焼けた跡がある。
 そちらへ一歩踏み出そう、として、紫綺をまとった女性に阻まれる。
「ちょっと、待てって。置いてくつもり?」
 何を…と言いかけて、相手のすいこまれそうな瞳の色に戸惑いを覚えて、言い淀む。
「ちが…僕は…」

「私はハウベンラルザ・シュタイア」
「…エーアステ」

「それだけ?」
 答えなかった。その問いに答えるための知識を、彼――エーアステは持っていなかった。
 瓶覗色の髪が揺れて、それ以上の問いを拒絶した。
 視界にはもはや遠い地平線しか映っておらず、彼女が薄く微笑みを浮かべたのも、エーアステは見ていなかった。





 燃えあがれ、浄化の炎よ。恵みをもたらす紫炎よ。
 永く続け、雨よ。
 呪われた者達の謳う最期の願いよ。
 その願いが続くように。七つの星星が世界を見守る。




 泣いていた世界を見つけた明るさは、柔らかい刈安色。
 

 長くのびた前髪は、無造作に束ねた後ろ髪からこぼれて顔を覆い、視野を狭める。
 降り続く雨のせいで、普段にも増して一層邪魔だった。けれども改めてまとめ直すこともせず、見回りを続ける。

 地平まで続く荒れた地。不毛の大地。
 人間は愚か、植物も動物も、異世界の住人すらも姿を消す。
 雨が続いている。

 刈安色の僧衣を着込み、ヘル・フィラッハは歩いていく。その身をこのしんしんと降る長雨から守るものは、ない。
 片手には軽い剣。装飾がほんのわずかに施された、何処の誰のともわからない武器。それからも水が滴っている。
 剣を使うことはない。…誰もいない。
 枯れた、かつて湖だった場所に出たとき、人影を見た。
「珍しいですね」
 声をかけると、泣いていたのか、目を赤くして少女が顔をあげた。
「どうしたんです?」
 優しい声にも、涙が止まらず。ヘルは柔らかい布を出して、少女に見せた。衣装と同じ、刈安色。
「これで涙をお拭きなさい。少しは気分が晴れるでしょう」
「…有難う」
 少女がそれに顔を埋めた。

 明りが、空から洩れて、一条の光の矢のように地に突き刺さる。

「…っ!」
 息をのみ、ヘルはその様子を呆然と眺めた。
 逃げるようにして、水滴が遠ざかっていく。雨が止んだ。いつ止むとも知れぬ長雨が、遂に止んだ。
 瞬く間に晴れ上がっていく、空。雲の切れ目から青く澄んだ色が見えはじめる。最後の一滴が頬に跳ね、伝って落ちた。
 暗かった天井から視線を落とす。先程まで泣いていた少女が、顔をあげていた。
「…お揃いね」
 少女が力無く微笑んだ。
「ああ、そうですね…」
 つられるように答えて、答えてる自分に気がついて、ヘルは表情を引き締めた。問う、まるで訊問するように。

「何をしたのです、貴方は」

「私は…世界。七つの星に見守られた存在」

 呟くように告げる少女の、黄櫨染の髪が、荒れる前の大地の色に酷似している気がした。


 軽い鈴の音がして、振り返った夕暮れ。陽の色を顔中に浴びた少年が立っている。
 それは五年ぶりに見た、憧れていた人の姿。五年前に見たときから何も変わってはいなかったけれど、その瞳が今見ているのは、自分ではない。心の奥でそう知っていた。
 長くのばされた髪が、夕日に照らされて赤く染まり、窓から入る風に揺れている。彼の手の中には、少し大きめのハサミがある。
 鋏についた一対の鈴が、互いに小さく音を重ねる。
「どうしたの、ゼ…」

「私は行かなくてはならない」

「…
 知った顔から発せられた、知らない口調と言葉遣い。彼は変わってしまったのだ、と残酷な理性が理解する。
「待って、私も。私を連れていってはくれないの?」
 彼の左手が赤く透けた髪を捕らえ、右手のハサミが開かれた。

「さようなら世界」

 ざくり、と、嫌に重い音がして、髪が散る。短かい糸のように舞う。

「さようなら、フィア・ナ・ハート」

 耳の奥で響くような、遠い音。
 ああ、何処へいってしまったのだろう、あのときの少年は。

――呪われた者達が、集う
――盟約が発動したとき押された、烙印を持つ七人の者達

 短く切られた髪が、陽に透けて一層赤く見える。
 燃えさかる炎の色に見え、それが彼の行く末を示すようで、怖い。
「戻ってきて、ゼパム。私が壊れていってしまう」

 ゼパム・ファラウド。呪われた一人。

 フィアの言葉には何も答えず、彼は向きを変えた。部屋を出ていく。
「僕は行かなくちゃいけない」
 振り向きざま、悪戯な少年の目で彼が言う―――のを世界は望んだ。





 錆朱色の双眸が静かに地面を見つめている。瞳を地に落としたまま、レッツテはヴェストジールへ続く道なき路を歩いていく。
「君が目覚めるのを、待っている。俺が彼女を起こすから。そうしたらランツフート、君が彼女をとめるんだ」
 名前しか知らない、見ることの叶わぬ人へと、祈りを託す。
 燭台に揺れる蝋燭の炎と影と小さな鈴が見える。音なき韻が聞こえる
 祈りも忘れてしまった、その言葉も調べも。
 まどろんでいく、ゆっくりと。
 最後に眠りについた者が、再生を呼び、最初の人を目覚めさせる――




 濡れた髪から滴る水も、瞳から零れた水も、同じような味がした。
 髪と同じ瓶覗色の瞳には、水の色が溢れていた。

 エーアステが、ズュートジールの北西の街の郊外から、アルトヴェストジールへ向かっていく。
 そは永遠とも思えるような、永い道のり。
 これが時間であったら、と幾度思ったことだろう。
「何処へいくのさ、エーアステ?」

「ヴァザストフとザウアストフが笑ったのか、それとも世界が泣いたのか、僕にはわからないから」

「地平線へ向かっているのかい」
 否…、というようにエーアステは首を振った。
「誰がリナシタを起こしたのか、僕は知っている。だから止めなきゃ」
 水の色が溢れた瞳が、遠い昔を思い起こさせる。あの頃の空は忘れることなどできない程、綺麗だった。ハウベンラルザも憧れた天を、その瞳が宿している。

「果敢な事だね」

 見ててあげるよと、紫綺をまとった女性は微笑んだ。




 縹色がちらりと空を見上げ、言葉を零す。
「目覚めたのか、あいつは」
 動き出した最初の鼓動を感じた。
 緑葉は風にそよぐ様子が、すぐ其所まで迫ってきてることを知った。



 ヘルがフィアを連れて歩いていく。二人の頬を伝った流れは、すでに拭き取られ、少し冷たい左手と右手を繋いで歩いていく。
 足下の水たまりが波紋を広げた。
 弾けた水泡の残骸もなき水面。そは水の粒ではなく、地面に落とされたのは、闇をまとう者のつま先。
 『暗』き者が、『明』るき者の前に立つ。けれど影は消えず。
「私なんかに、何の用でしょうか。ドゥンケル?」
 微笑みすら浮かべ、意地悪くささやくヘルの顔を、ドゥンケルは見ようともせず。
「俺が用あるのは、そっちの世界のみ」
 差し伸べられた掌を拒絶するかのように、小さくフィアが震えたのをその握られた左手から感じた。
「ドゥンケル。世界には明るさが必要です。涙など、もう要らない。こんな長雨など、もう誰も欲しくありません」
 フィアの右手を握り返し、ドゥンケルを見据えた。細く両目をすぼめてから、また開き、一歩踏み出して彼が言う。
「ヘル、残念だが俺たちは相容れないようだ」
「そうでしょう、光りと闇ですから」
「だが、お前は俺がいなければ存在できない」
「それはあなたとて同じ事」
 二人同時に存在することはできなくとも。
 世界よ、と、二人声を揃えて呼び掛ける。

――――選ばなくていい、世界よ。
 雨があがり陽が差すようになれば、光りも闇も、平等に訪れるから。
 だから涙を零さないで――――――世界よ。


 純白の輝きが時空を飲み込んだ時代、白く続くどこまでも遠い場所から逃げ出した銀の光りを、罪の意識を、浄化させようと。

                               マ フ ラ ー
 神々を讃う声がする。祝りを乗せた旋律がやってくる。けれど、消音装置を巻いたシュレヒトの耳には、その聖なる詩は聞こえてこない。
 その、悪しきものを浄化させる響きは。
――――だからシュレヒトは、消えることを知らない。


 草木の生えていない、なだらかな丘陵を彷佛とさせる錆朱色の瞳が、揺れる。心の揺れを反映するかのように。
 ドゥンケルが、気の弱い悪魔の笑みを浮かべた、最後の人に出会う。彼の名を、ドゥンケルらは忘れない。
「レッツテ・マイトリンク…か。お前が、リナシタを起こしたのだな」
「そうだ、俺が最後だから。これでランツフートが目覚めるだろう」
「エーアステ・ランツフート――最初の人。彼を目覚めさせて、何をさせるつもりだ、マイトリンク。否、最後の人――レッツテよ。一体、お前達は『再生』に何を望むのだ?」
「言いたく、ない。…聞くな! 聞かないでくれよ! 俺にそんな事はわかりはしないんだ。俺が最後だから。だから。
 ……去れ、暗き者よ」
「御意」
 影が消えていく。
 残されたのは最後の人。
 白く冷たい息が洩れて、目の前を流れていく。
 レッツテが眠ればエーアステが目覚め、そして永い時間を経て、またレッツテが目を覚ます。それの繰り返し。

 我々の、再生――――――

 望みなどない、何も。              エターニイア・ディ・フィア・ナ・ハート
 もし、もし許されて望むならば、そう、望むべくは、 世  界  の  永  遠 を。


  リ   ナ   シ   タ
 『再生』を司る堕天使が舞う。その姿を見ることができる者は、もうこの大地には残っていない。

 窓から大地を見下ろしていた自分達の姿が酷く懐かしい。
「…ゼパムもウルティモも、みんないってしまった」
 いく事の叶わない世界を置き去りにして。焼けた故郷だけを残して。
「だから私は、せめてやれることを――リナシタを止めなければ…」
 未来が見える、と思ったのは錯覚だったとしても。
 そう遠く無い未来、最初の人が目覚めて、やはり同じ事を口にするのだろう、透き通った川のせせらぎが映す空の色を、その瞳に宿して。




 くすんだ青色の――縹色のコートを羽織ったザウアストフは、すでにシュレヒトを引き離した。
 長くは一緒にはいられない。自分には目的があるから。
「ヴァザストフ兄達は、一体どこへ消えたんだ」
 気配すらもうかがえぬ、不毛の地を歩いていく。
 長雨が止んで以来、この地には一滴の水も落ちない。
「我々がそろえば世界など無くとも、雨など幾らでも作れるのに」
 一つの酸素が二つの水素を求める―――――即ち『水』に成る為に。



 泣き止んだ世界を、彼女の生きたがる地へと向けた。
 赴くならば、一人だけで。
 置き去りにされた彼女の願いを、明暗は聞き入れた。
 ドゥンケルの藍色の瞳が細められて久しぶりに笑ったのも、忘れようと思えばできるはずだ。
 柔らかい刈安色の瞳を閉じ、その光景を浮かべると、すぐに目を開ける。残像が大気の中へ消えていく。
 ヘル・フィラッハがそうやって記憶の掃除をしていたとき。
 シュレヒトを見つけた。
         マ フ ラ ー
 くすんだ青色の消音装置をした『悪』しき者を。
「…成る程」
 耳元にささやく。
「だからあなたには聞こえ無かった、消えることもなかった、と、そういうわけだったのですね」
 ヘルは難無くシュレヒトの背後に立ち、彼を捕らえた。首に巻かれたくすんだ青色のマフラーに手をかける。
「それに触るな! それは…っ!」
 抗議の声を無視してくるりと手首をひねる。巻かれただけのマフラーが、簡単に外れて宙に舞う。
「縹色?」
 流されてくそれを見やり、暫く記憶を弄った挙げ句、
ああ、
と、ヘルは頷いた。              ザウアストフ
「…何処かで見たことがあると思ったら…これは、 酸  素 の色ですね」
 呟く柔らかい刈安色の腕のなかで、シュレヒトが消えていく。
 明るさの中に、『悪』しき者が消えていく。
 そは終わりの瞬きを象徴するような。


 感覚の中に浮かびあがる、耐えようのない喪失の痛み。
 対成す存在が消えたのを感じ、グートが歩みを止めた。とても澄んだ音が止む。鳩羽色の薄い衣が少しだけ揺れて、同じように止まった。
「さようなら、シュレヒト・ヴェルグル。多分私も、すぐにいくから」
 見つける前に、消えてしまわないことだけを願う。


 フィアが走り出す、明るさのもとを離れて。
 それは大分前のことで、フィアはまだ走り続けたまま。
 荒い息遣い、けれど止まることも知らず。
 
 黄櫨染の髪を風に棚引かせて、少女が走っていく。
 グート・コールヘルンが見たものは、止まることのできない世界。
 待って、と呼び掛けるだけでそれは、ゆっくりとこちらを振り返る。
「…誰?」
「私はグート・コールヘルン。『善』なる者」
 シュレヒトが消えた今、それを示す確かな証拠はないけれども。
「あなたは…世界、ですね?」
「ええ、私がフィア・ナ・ハート」
「フィア。そう、世界。私とともに…来てくれますね、」
 リナシタ・ペルド・クローバーのもとへ。
 はい、と小さな声で呟くフィアに、鳩羽色の瞳でグートは微笑んだ。
 手にした象牙色の錫杖を振るう。深く刻まれた言葉を読み上げ、運命の歯車へと足をかける。


我が恵み 深海の底をのぞき込む 森から受ける恩恵と海から受ける恩寵
調和を保って廻れ 運命よ 遠く遠く遠くどこまでも響き渡って

――運命よ お前は廻れないのか
――翼を失った天使が地へ、更に下へ堕ちていく
――蒼天を見てはいけないと、誰がいうのか






 終わりが始まることも知らないまま――否、知っていて敢えて?

 終わりは再生の始まり、腐敗のはじまり。けれどそれがいちばん自然だから。繰り返すなんて御免。何もかも終わったら、また新しく始めればいい。
 新しい世界の産声を臨みたい。たとえ自分が見れずとも。
 止まらない世界が祈りを捧ぐ。
 運命なんかで束縛しないで。大丈夫、私達は自分の足で立ち、歩いてゆける。

           リジェネラズィオーネ
――――――――もう、 再   生  などいらない。

「世界がそう、望むのなら」
 色のない色が浮び上がる。一人の女性の姿。『再生』を司る者の姿。リナシタは世界の望みを受け入れた。
「いいの?」              ペ ル ド ・ ク ロ ー バ ー
「かまわない。私は…運命を紡ぐ、そして幸せを運ぶ命を持つ者――」
 けれど、とリナシタが付け加えて言う。

「一つだけ、条件があるの。私を止めて御覧なさい、世界よ。一番最初に戻すのよ」
 あなたには出来ないことだけれど、と哀しく微笑む、運命を紡ぐ存在の姿がある。

 そは懐かしき時代、窓から見えた微笑みと同じ。




 瓶覗色の瞳が何を言いたかったのかを、言葉にされなくても理解できる。音にならない声を、胸におさめる。
 せめて見ていてあげよう、最初の人よ。

 暗い天井が輝きを取り戻す、そのとき自分が何をすべきか心得てる。
                            ハウベンラルザ
 ハウベンラルザは軽く飛び上がり、着地した。変貌を遂げた 冠  鳩 が、乾燥した風に乗り、東へと飛び立つ―――――終わりを告げるために。




「だから私は、せめてやれることを――リナシタを止めなければ。」



 黄櫨染の髪が、大地を連想させる。
 ああ、これだ、と、言い様のない懐かしさが込み上げてくる。
「思い出した、そう僕は、エーアステ・ランツフート――最初の人…」
「エーアステ。あなたが最初の人…じゃあリナシタを起こしたのも」
「知ってる。レッツテ・マイトリンク、最後の人だよ」
 動き出した『再生』を、今は止めなくては。
「聞いて、エーアステ。私リナシタと会ったの。『再生』を止めてくれるって…でも、リナシタを止めないといけないの」

――だから私は、せめてやれることを――リナシタを止めなければ。

「私は行かなくちゃいけない」
 かついて友人にそう言われることを望んだ言葉を、吐き出す。
「君はいけない、世界よ。今も昔も、そうだった」
 手をかざし最初の人が言う。
 透き通った川のせせらぎが映す空の色を、その瞳に宿して。
「そう、私は逝けなかった…」
 自分を置いて、仲間六人をつれて昇った友人を思い出す。
「僕がリナシタを止める。リジェネラズィオーネをやめさせる。それに君は、止まっちゃいけない」

 決して似てはいないのに、エーアステにあの少年の面影を重ねた。
 緋の色と対照的な印象を鮮やかに残して、最初の人が、過去へ向かって歩き出す。壊れた歯車を、もとの位置にはめなおす為に。

 青い輝き。

 晴れた空の色。

 天界の深みを映し出す、瞳。

 いざ発て、運命の歯車を廻す者よ。

 終わることのない遥かなる蒼天を今、全ての人に捧ぐ為に。













      ...das Ende.      










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