なか
直すほどの仲じゃないけど
かすかに笑った
それだけで全てが元通りに
A.C.195年、半ば。
戦いは終わりを見せもせず、続いている。
そんな状況の中で偶然、二人は同じ場所にいた。
正確には、ヒイロの居場所を偶然見つけたデュオが、転がり込んできた、とも言う。
情報収集を主にこなしていたヒイロには、頻繁に外出するデュオが邪魔にならなかったのかもしれない。
その日もデュオは外へ出ていて、かりかりと鳴る不自然な音に気付いて、そこに捨てられた仔猫を見つけた。プラスチックの箱の中で、懸命に壁を引っ掻いていた。目が開いてまもないような、その弱々しい生命体を、デュオは思わず手にしていた。
守ってやらなきゃ、とか、そんなことを思ったわけではなかった。
ただ、弱々しさの中で這い上がろうとした過去の自分を、なんとなく重ねてしまった。
プラスチックの箱の色が、灰色が、閉じられたコロニーの壁の色に見えた。
「大丈夫だって」
逃げようともがく仔猫をしっかりと抱きかかえて、歩き慣れた道を行く。何度か車道を渡って角を曲がって、念のために遠回りをしながら帰る。
着いた部屋に、ヒイロはいなかった。珍しく出かけたらしい。
ろくな食料はなかったが、食べられそうなものを与え、これで我慢しろと水をやった。仔猫はすぐには食べはじめなかった。
名も無き仔猫を、飼いはじめて数週間。
部屋主のヒイロは文句ひとつこぼさず、しかして面倒を見るでもなく、仔猫の滞在を黙認していた。
あるいはデュオの大罪を。
だがあるとき、デュオが部屋に戻ると、仔猫の姿はなかった。「おーい」と、声をかけても、戻ってくるのはヒイロのうるさそうな視線だけ。
「あいつ知らねえ?」
「さあな。窓が開いてたから、そこから出ていったのかもしれないが」
そっけなくヒイロは応じ、デュオから視線を外した。その直後、デュオが叫ぶ。
「何故止めなかった!!」
「猫の勝手だ」
相変わらず冷静に答えたヒイロを、もはやデュオは見ていなかった。入ってきたばかりのドアから出ていく。ばたんッと、やけに勢いだけ良い音が聞こえた。電子キー式のドアが、音を立てて閉まるはずなどないのに。
歩き慣れた道を走っていくデュオは、必死だった。
赤児が一人旅をするようなものだ、と、よくわからない例えさえ脳に浮かぶ。
外に慣れていない仔猫が、道を歩くのは危険だ、とわかっていても、仔猫の行動パターンまではとっさに思い出せない。どこをどう走ったか、やがてデュオの見つけたものは。
無惨にもエレカにはねられたばかりの見慣れたはずの仔猫の姿。
ああ、と心の中で声が漏れた。
肩を落としたままのデュオが帰宅する。
相変わらずヒイロは、冷静なままだった。聞かれもしないのに、自然と言葉が口をついた。
「死んでた」
「そうか」
「そうか、じゃないだろ!」
責任の半分はおまえにあるんだぞ、とよっぽど言おうとして、デュオは踏み止まった。そのとき見たヒイロの視線のキツさに一瞬怯んだせいだ。
「きちんと管理していないお前が悪い。第一、猫ごときの死にいちいち取り合っている暇はない」
冷たくというより説かせるように聞こえた気がしたのは、気のせいか。その割に珍しく怒気をはらんだ声色のヒイロに、デュオは口をつぐんだ。
もとより喋りたがらないヒイロは、黙ってデュオをにらみつけるだけ。
己にではなく、ヒイロに、デュオも無性に腹が立ってきて、それでも言うべき言葉も思い付かずに、そのまま二人はしばらく、膠着していた。
何かを言おうと、デュオが口を開けたがそれは声にならなかった。
代わりに身を翻して、憤りを隠せずにそのまま部屋を出た。飛び出した。二度と、戻ってなんかやるもんか、と胸の十字架を握りしめる。残されたヒイロは、何ごとも無かったかのように、入り口を閉めた。
数日後、己の中に敗北感を抱きながらドアの前に立つデュオの姿があった。
彼が部屋の中へ入ろうとすると、入り口付近に立つ黒髪の少年と目が合う。
「帰って、くると思わなかった」
意外そうに言ったヒイロの口元が、かすかに緩んだ。
かすかに笑った。
それだけで全てが元通りに。
なか あとがき
2001年12月21日…順番はこの際あきらめるとしても、1と2が並ぶ日でもあります。
というわけで、クリスマス前ではあれど小説ページ久々の更新を目論んで書いたオハナシ。
元ネタは、1ヶ月程前、「12ファンに100の質問」に答えてたときに思い付いたものです。
なんとなく、前回の詩だか何だかわからない話の続編に思えてしまうのは己だけでせうか。
スランプなのか何なのか、書き方が単調になってしまったのがいまいち……反省します。
短い話をちょこちょこと書いて少しずつ作品溜めていきたいとは思いつつも実行に移せず。
今日からクリスマス当日までの短期間、毎日更新を目指して…(目指すだけ、とも言う/汗)。2001年12月21日。緋月 昴琉拝。