拾 砂這う天蠍
覚めやらぬ瞳で見続けた日々.
人の羨むような豪奢な金の髪が.
さらりと落ちる長い睫毛の下で.
未だ夢でも見ているかのような眼差し.頭上を通過していくジェットエンジンの音.
仰いで見えたのは小さな影.
戦から生還してきた一機の戦闘機.
彼の向かう先を知ることはない.歩き続く、この砂の上で.
人は何を想い世界を夢見るのだろう.
光の差し込む世界を.どうにもならないと誰かが云った.
そんなことはどうでもよかった.
ただ自分の愛するひとと.
自分の愛して止まない故郷とが.
永遠に炎にのまれなかったら.
それだけが唯一にして最大の願い.小鳥が空を飛んでいく.
何羽も何十羽も.
何百羽も何千羽も何万羽も.
影が地を覆い.
陽をさえぎり.
あっというまに視界が暗くなって.
佇む僕に残されたのは一握りの.
彼女のぬくもり.空をかき抱く.
地を蹴りあげて舞う砂の中で.
僕は泣いている.
声も出さず、.
ただ砂に水をしみ込ませていく.歌う彼女を可愛いと思った.
やわらかな声で全ての音域をカバーし.
幸せに歌う鳥のような娘.いつしか翼は.
真白き背に生えた翼は.
鳥かごの中の歌姫が.
身動きできないほどに大きくなり.僕はそれをもぎ取ろうと手を伸ばし.
遠ざかる彼女を追いかけ.
背の翼をつかんだ.
根元から力の限り.
翼をもぎ取って捨てた.
彼女の叫びなど聞こえていなかった.自由になった彼女に触れる.
白い肌は陽を反射して.
より白く見えた綺麗だった.自由になった彼女はここには居ない.
持つはずのない翼で.
青くない空の彼方へ飛んでいった.自由になった僕は一人.
戻るはずのない彼女を嘆き.
右手を握りしめる.自由になった鳥が群れから外れて.
大きく弧を描いて.
頭上を越えていく.自由になった戦士が.
自らの翼を駆って帰路につく.
自らの愛すべき故郷へと.自由になった両手をぶらぶらさせて.
僕はあてのない旅に出る.
いつ果てるとも知れぬ旅に.
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