飛べたつもりで飛べていなかった自分を悔やむ。
フォンファ シーイェン
溢れるほどの輝く金の髪を下ろして、瘋崋は泣いていた。煕焉は、一人でどこかへ行ってしまった。あの後、宿に戻ってはこなかった。一人取り残された喪赴が事の次第を確かめようと、瘋崋の部屋を訪れると、そこに泣き崩れる歌姫を見つけた。
「どうした?」
優しく声をかければ、歌姫はそっと顔をあげた。部屋に入ってきた見知らぬ青年をいぶかしく思いながらも、彼の目の覚めるような綺麗な青い髪に一瞬見とれた。
「…誰?」
サンフ
「ああ、僕は喪赴。煕焉の知り合いだよ」
「そう」
短く答えたきり、歌姫は声が出ないようだった。美しい声を出すのどは、今は絶えまない涙で溢れている。目の奥から流れた雫が、頬を伝うこともなくのどを通り過ぎていく。
思えば、自分は何と鈍い女だったのだろう。煕焉が何を思って自分を彼の戦闘機に乗せてくれたか、そのときの自分は気付くべきであったのに。
「どう、した?」
穏やかな物言いで、喪赴は再び問いを掛けた。事情は全く知らない。煕焉は帰って来ないし、肝心の歌姫は泣いてばかりだ。大方の予想はつかなくもないが、憶測は怖い。
「煕焉がどこ行ったか、聞いてもいい?」
「知らないの。わたしは知らないわ。ごめんなさい」
駄々をこねる子供のような甘ったるい声に自分でも驚いて、瘋崋は「ごめんなさい」ともう一度言った。込み上げる涙を飲み込み、いつになくゆっくりと、息を吐いて吸って吐いた。瞬きをひとつ。
見上げればそこに、サファイアのような瞳がある。救われたい気持ちが沸き上がり、瘋崋は口早に言葉を紡いだ。
「煕焉が、私を戦闘機に乗せてくれたわ。私はそれに乗るのは初めてで、はしゃいでいたけれど、だから気付かなかったけれど、煕焉はきっと、私を逃がしてくれようとしたのだわ」
夜の街の空のような風景が思い出される。冷たい風が撫でた頬。星々は上ではなく下に、街中の明かりを一手に納めたような錯覚さえ覚えた、月のない綺麗な夜。
次第に記憶が鮮やかになっていく。
船に乗せてくれると言った煕焉の顔が浮かぶ。
輸送船へと登るタラップに落ちた自分の影が見える。
「どうして、私は気付かなかったのかしら! ばかね、ばかな私」
取り乱した瘋崋を、喪赴は側で見つめているだけだった、何も言わずに。気の済むまで思いを吐き出してしまうといい。
「煕焉、煕焉」
彼女がそう名前を呼ぶ姿は、見ていて痛々しくもあったけれど。
喪赴がそっと見遣った空には、完全な望月が在った。今頃になってこう言うのはずるいことなのだろうけれど。
「もっと早くに」
全てが絡み合っていたら、解けることもなかったのではないか。
美しい声を奏でる歌姫が濃紺の目を伏せて、泣いている。
それでも祈りをわたしは詠唱する
いつとも知れぬ時間を生きる貴方のために
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