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      彷徨える白羊 



差し伸べた手のひらをすり抜けて.
落ちていく白い羽根.
向こう側をかすかに透かして.
緩やかに堕ちていく白い記憶.

止められない.
鈍色の艶を持つ鉛の船が.
汽笛を鳴らして出航する.
深い海の底に沈むことも知らずに.

豊かな森から切り出した樹木を.
積み上げて出来た見上げるほどのピラミッド.
死んだ樹木の悲しみなど気付かずに.
それが誰のものであるかさえ知らずに.

濁ることを忘れた真鍮の瞳.
綺麗すぎて何も見ることはできず.
大切に包含されて封じられたまま.
永き時を渡る.

飛沫さえあげずに優しい波紋を広げている.
それは美しき水の舞い.
輝く木漏れ陽を浴びてまだらの模様をつけた.
湖の妖精が踊る.

終わりのない迷路を.
戻ることなど念頭にもなく歩いていく.
徐々に足跡は消えていき.
直ぐにもと来た道さえわからなくなるというのに.
 
神に見捨てられた仔羊は.
何も映さない瞳で.
虚ろな眼差しで.
地平と天とを分ける境を眺めてる.

わたしが声をかけても.
何も映さない瞳で.
定まらない視線で.
ゆっくりと振り返って笑いもしない.

怯えるほどに高くそびえ立つ塔の下.
言葉の違う者達の声が聞こえる.
戸惑いと不安と怒りと.
彼等の心の中はそれ以上見えない.

悪夢を追い払う翼の色を知っている.
陽よりも輝ける黄金が.
永遠とも思える闇に光を.
果てなき絶望に一条の希望を.

白濁していく意識を手放そうとも思わず.
堕天してきた使者を迎えることも忘れて.
硝煙漂う小さな影を見送るときも行かず.
彷徨うわたしは神に見捨てられた仔羊に出会う.




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