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 寝覚     那しきを皋ず 
 寝覚     うつくしきをめいず 



 従兄たる城主の財産が自分には回ってこないのだと、気付いた遠い日、ザゲツは妻を呼んだ。二人は男児と女児を一人ずつもうけた。財産を受け継いだ城主の子シリョウにもしものことがあれば、男児をもって座を継がそう。シリョウが長く健在なれば、女児をもって夫妻となそう。そしてやがては、自らの元に全ての財産が来ることになるだろう。ザゲツはそう、考えたのだった。




 陽の沈んで間もない東を振り仰ぐ.
 白さを捨てて微笑み出す女神が居る.
 陽の沈んで間もない西を振り向く.
 ただ一点輝きを放つ女神が立つ.
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 美しきアフロディチが瞬きする.
 両腕を高らかに挙げ全てを包み込むみたいに.
 誇り高きディアナが髪を下ろす.
 豊かな艶やかな黒髪がヴェールのごとく波打つ.
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 闇が押し寄せ空を覆う.
 二柱の女神だけを残して.
 あとには暗く漆黒の海が広がる.
 細かな小さき灯火は消え.
 二柱の女神の瞳だけが明るい.
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 睨み合うでもなく佇む.
 月と金星のまばゆさに目がくらみ.
 忘れてしまいそうになる.
 今己の立つ位置を.
 置かれた立場と状況とを.
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 残された自分を.
 何も残すことのできなかった両手で.
 頬に触れれば冷たい.
 静かに流れ落つる一雫の雨.
 己の空の降らせた、塩辛い雨.
.
 数多の煌きを飲み込んだ闇が天と地との境に蹲る.
 月は元の白さを取り戻し.
 金星は明るさの谷間に消える.


 けれど頬には嗄れることのない泉が残って




 時が流れ流れたずっと先を見すかせば、小さな屋敷を構えた初老のラジョウが一人で暮らしている。そのラジョウの一人息子が別の屋敷で、二人の子供を両側に控えさせている。
 ともに男児。
 父が子を呼ぶ声がする。それぞれ、オーシュ、サレイ、と。




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