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 上弦の月 ――――蛍のように淡く散った安らぎを求めて

 



 珍客を迎えた翌日の朝も、今までと変わらずに過ぎていった。
 サレイの乗っていたエアシップが墜落したときに凹んだ砦の外壁を、キエンはラクスイとともに直していた。
「俺は別にかまわねえんだけど」
 四角く区切られたレンガの塊を埋め込みながら、ラクスイは言った。
「あいつを追い出せ、って言ってるやつもいる」
 視線は手元から離さず、声だけで話し掛ける。
「…たとえば、誰?」
 キエンは手元を休めてラクスイを見た。
 彼がこちらを向く。
「たとえば……フウカ、とか」
「ああ、彼か…」
 それっきり無言になって、二人は作業を続けた。していることは同じでも、頭の中では違うことを考えていた。
 ぶつかって使えなくなったエアシップの瓦礫を、ミャクイクが拾い上げる。廃棄するのだと誰もが思ったが、ミャクイクは使えるものだけを集めて、工房のほうへ運んでいった。彼はそこで、瓦礫を他の部品と組み合わせていた。
 エアシップより小型で細長いエアボートが一機、彼の工房に置いてあるのを最初に見つけたのは、外壁の修理を終えて報告に戻ってきた二人だった。
「それは?」
「ああ、サレイの船だ。見張りくらいはできるだろう」
 翼を軽く叩きながら、楽しそうにミャクイクは答えた。
 顔を見合わせて、二人は同時に笑いだして、そして工房を出た。
「ミャクイクがあのつもりなら、大丈夫だな」
「そうだね。本人さえ承知してくれれば、ここにいても平気だ」
 新しい仲間を、迎える喜び。
 吉兆を占うことは、この砦に暮らすどの人間にも出来ない。



 風に乗るように飛ぶ。気持ちのよい空。エアボートに乗ったサレイは幾分悲しそうな顔をして、それを一瞬で消して明るく言った。
「直してくれて、有難う」
「なあに、簡単なことさ。それより、乗り心地を確かめてくれ、細かいところはこれから直さなきゃならん」
 ミャクイクの言葉に、サレイはうなずく。
 風の舞う宙に踊り出たサレイは、遠い空を見ていた。一点を凝視する瞳には後悔の念がうかんでいた。
「でももう、後戻りはできない」
 スロットルバーをひいて、高く舞い上がった。横向きに、弧を描くように、一度だけ旋回をして、ミャクイクの待つ屋根へと戻る。
 逆噴射の風が、屋根に溜まった埃を散らした。サレイがコクピットから出ると、ミャクイクが不思議そうな顔をしていた。
「…調子はどうかね? 気付いたことは何でも言ってくれ」
 今は何も見たくない、聴きたくない。
 サレイは彼を拒絶するように一歩さがり、さっと身を翻して階段を滑り、踊り場を回った。すれ違ったオーシュの冷めた瞳が、心に細く深く刺さった。
 オーシュが屋根へ登りきると、狐につままれたような顔で、ミャクイクが立っていた。
「どうしたんです?」
「さぁな。元気になると思ってたんだがな。…嫌われたってよりも、あいつ、何かに怯えてるみたいだったんだがな」
 それが何か、オーシュにはわかるような気がした。
 しかし考えたことは口にせず、用件だけを伝えた。
「下でラクスイが呼んでます。何でも修理が終わらなかったとか」
「終わってない?」
「瓦礫ですよ、まだ捨ててないでしょう」
 ああそれか、とミャクイクは思い出したように、すまなそうに肩をすくめてから階段を降りていった。オーシュは彼の後を追いかけかけて…ふと空を見上げた。何一つ変わらない空。
 何ものにも捕われない海…自由の象徴とされる海に繋がる青さを見上げた。何かがきらめくのが見えた。
 けれどそれが何なのかはわからない。
 見定めようと目を細めて…それが見慣れない機影であると気付くと、眉間にしわを寄せた。
「嵐になるな…」
 長い長い、嵐の夜の予兆を見た気がした。
 それはエアシップより数倍でかい、船だった。



 平穏からの暗転を、安らいだ心が受け入れる。
 降りしきる雨の中に立つような、自然な姿勢で受け入れる。



 にわかに影が落ちた。
 砦の外壁を覆い尽くすような、巨大な影。
 サレイは窓から外を見、それに気付いて息を飲んだ。
「ゲイルシップ…っ」
 非常事態を知らせるベルが鳴り響く。
 キエン、オーシュ、ソウフ、フウカが、それぞれの部屋を出て通路を走っていく。屋外に近く造られた、エアシップの並んだ格納室に飛び込んだ彼らは、それぞれの愛機に乗り込んだ。
 ハ ン ガ ー
 格納室の中が、振動に揺れる。
 ソウフとフウカの小型エアシップが起動音とともに初動を開始して、身軽なその身を宙に浮かせた。スロットルバーを踏み込む。アフターバーナーが火を噴いて、ハンガーから二機が飛び立つ。
 キエンの中型エアシップも、すでに準備は整っていて、二人が消えたあとすぐに、両翼を広げた。ぴんと張られた固い翼が、風を拾う。機体が宙に浮く。バーを起こすと機首が上がった。
 オーシュは最後にハンガーを出た。大型エアシップが、それでも地平まで続く空においては小さな影が、機体を浮かせて飛び立つ。
 四機のエアシップが、砦を離れて上昇する。



 キエンは計器を確かめた。正常、燃料は充分に積み込んである。
「行くよ、ランドエンド…ッ」
 小さく、愛機の名前を呼ぶ。地の果てまでも、共に飛ぶ仲間。
 外を見やれば、意志を持つ、血の通った仲間の姿が見える。ソウフが片目を瞑ってよこした。
「大丈夫、みんな飛べる」
 四機のエアシップが、砦を離れて上昇する。
 天を目指して昇る光りの矢のように。
 サレイがゲイルシップとよんだ巨大な影に向かっていく。




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