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<2.孤高の革命家・トレーズ=クシュリナーダ −その思いはどこに−>
AC195年、クリスマスイヴ。地球圏統一国家とホワイトファングによって戦われたこの"Eve Wars"は、二人の指導者・トレーズ=クシュリナーダとミリアルド=ピースクラフトの双方が、人類と戦争の存在意義を究極まで追及したイデオロギーによる闘争でもあった。
そして、トレーズの死。孤高の革命家と呼ばれた彼は、何を考え、何を理想とし、何を成し遂げようと考えたのだろうか。
ここでは、少しでも彼の思いに触れることができればと思う。
トレーズは地球を愛していた。愛して止まなかった。そしてその大地が限りあるものであることも、深く認識していた。連合による支配は、人間を従属せしめており、完璧であるかのように思われた。しかしトレーズは、その支配が地球そのものに対して愛情を欠いたものであることを歎いていたのではないだろうか。母性の象徴としての星、地球。その母から生まれた子供達が母を傷つけようとするとき、彼はその内に秘めた愛情を持って、静かに立ちあがったのではないだろうか。
トレーズは、人類を完全管理することによって平和を享受させようとした。この平和は、彼らにとっては与えられた平和でしかなく、人類はまるで鳥かごに閉じ込められた鳥のように、人生を送る。そこにある自由は、極めて限定的なものでしかない。だが、このかごを打ち破った時、彼らは完全な自由を手に入れ、戦争を始める。神が人類を創造したとき、神は人類の今日を予測し得なかった。だからこそ、人類には神をも超越するシステムが必要なのだ。そのシステムは、僭越ながら私が創ろう。そして人類を管理しよう。彼らが戦争などに心を裂くことなく、全身全霊を込めて生き、そしてその母なる地球に感謝できる世界を築こう・・・・・・。これがトレーズの本来の考えであったのではないだろうか。
だが、神を超越したと自負するこのトレーズの考えをも越える者が現れる。5人のガンダムパイロット―ヒイロ=ユイ、デュオ=マックスウェル、トロワ=バートン、カトル=ラバーバ=ウィナー、張五飛―と、リリーナ=ピースクラフトである。
オペレーションメテオにより地球に降下して来たパイロット達を、トレーズはどのように思ったのだろうか。コロニーの一部過激派によって送りこまれたテロリスト。特殊工作員。私の理想を打ち砕く邪魔者―。とは、決して考えなかった。いや、むしろこれを静かな歓喜で迎えたのではないだろうか。
人類は愚かだ。だからこそ、私はこれを管理し平和を享受させようとしている。武装兵器を廃し、戦争を廃絶し、形式的な方法に基づいて平和を実現しようとする者達―ドーリアン、ノベンタは、人類の愚かさに対して認識が足りない。人類を買被りすぎている。そのような安易な方法によって、人類が真の平和を実現させ、これを維持し得るような強靭な心を醸成することは、血を流し続けてきた先人達とその歴史を真っ向から否定することになり、同時に母なる地球に対する叛逆行為を再び犯させることになるのではないだろうか。これは、二重の意味において、平和を冒涜している―彼らには、平和の礎のために犠牲になってもらう他はない。彼らの理想ではないが、私が管理する平和を、神の傍らから見守っていて欲しい―。
このように考えていたトレーズにとって、ガンダムパイロット達は望ましきアンチテーゼであった。彼らは主義主張を、無言のままで破壊工作を行うことによって体現している。若者達が、感情の赴くままに、純粋に平和を求めている。そしてそのための死の覚悟は、現在の人類が忘れているものだ。現在の人類が愚かなのは、このような純粋さと平和への心を喪失しているからなのだ。戦禍に怯え、ただ現実から逃げるのみの地球の民やコロニー市民とはまったく異なる。このような者達は、私の鳥かごに入れるよりも、無制限に自由で過酷な青空を飛ぶに相応しい―。そう思い、彼らを時に野放しにし、時に自ら剣を交えて理解しようとしたのではないだろうか。
OZが実権を掌握して以降、地球も宇宙もそのほとんどが支配された。これで私の願いは達せられた。だが、敗者となったガンダムパイロット達は、守るべきものを失い、また守ってきたものたちに裏切られてもなお孤独に闘い続ける。その純粋な姿を前にして、私個人の理想など、いかに小さなものであるかがわかる。彼らと同じく、私自身も戦い続けよう。今はそこにこそ真の意義があるのだから・・・。そのように考えた彼を待っていたもの、それは彼の意思を全く理解しないデルマイユ侯とツバロフ上級特佐によるモビルド−ルの導入であった。
財団は戦いの意義を解しない。流血がいかに高貴なことかを・・・。死を恐れずに闘う戦士こそまさに理想。私の願うOZの姿。死を恐れ、無機的な人形に戦いをさせる財団に、もはや私の居場所はない。私のOZの役目は、終わった・・・。そう考えたことにより、彼は自らOZ総帥の地位から離れる。私にはもはや理想を追う意思はない。すべて終わったのだ。私に敵対しつつも、私に最も近い彼らは、ガンダムパイロット達はどう考えるだろうか・・・。そしてリリーナ嬢は・・・???かれらに、私の存在意義を尋ねよう。私はいかにすべきであろうか、と。
地球も宇宙も混迷を深めて行く中、再興されたサンクキングダムとリリーナの完全平和主義は、人の感情を必要としない兵器によって崩れ去った。私がヒイロ=ユイに与えたエピオンは、彼らの純粋さを極限まで高めるだろう。そして彼の行動は、必ずやリリーナ嬢を突き動かし、やがて新たな潮流を生むだろう。地球圏統一国家の元首に就任した女王リリーナは、まさに完全平和の担い手に相応しい。だが、いまだこの地球圏には兵器と争いの種が残っている。女王リリーナが登場するには、まだ早すぎるのだ。流血と戦いの時代に終止符を打つべき役者が必要だ・・・。私と・・・そう、ゼクス=マーキス、否、ミリアルド=ピースクラフト。彼がだ。―そしてトレーズは、自らの役目を見つけ出し、再び歴史の表舞台へと姿を現した。女王リリーナに代わる、地球圏統一国家元首として。
ミリアルドは私の意思を理解していると考えたのは、私の誤解だったようだ。彼には彼なりの意思がある。理想がある。彼がコロニーを背負って私の前に立ちはだかった時、彼は私の朋ではなく、敵となったのだ。私の地球に手出しはさせない。だが、私の意思が受け入れられないのでは致し方ない。ピースミリオンで玉砕するしかないのだ・・・。そう考えた私に、レディは、人は戦ってこそ美しいということを改めて教えてくれた。そうだ、私のこの命は、大いなる歴史の礎にしなければならないのだ。どのように礎にすべきだろうか・・・純粋にひたむきに闘う彼ら―そう、私に一騎打ちを挑み破れたあの少年、張五飛のためにこの私を犠牲にしよう・・・。私の理想は、彼らの理想によって塗り替えられたのだ。彼らに心から感謝しよう。そして私の用意した未来をプレゼントしよう。そのためには、私自身が板から下りねばならないのだ―そう思ったトレーズは、五飛の前に敗れ、倒れた。
勝者として生きるよりも、敗者として生きることの意義を見出したトレーズ。そして、常に敗者であったガンダムパイロット達が勝者となったとき、彼の理想は達成された。兵器も戦争も、脆弱な意思さえもない、極限まで純化された時代を迎えたのだ。
“―孤高の革命家トレーズ=クシュリナーダは、歴史の幕引きを自らの役目として戦場で散った―”
彼は再び、その母の元へと帰って行った。
彼の墓石に刻まれたのは、姓名と生没年月日のみである。ここで個人的に墓碑銘を送ろうと思う。
命の木から葉が落ちる、
一枚また一枚。
おお、目くるめくばかり華やかな世界よ、
何とお前は満ち足らせることか、
何とお前は満ち足らせ、疲れさせることか、
何とお前は酔わせることか!
今日はまだ熱く燃えているものが、
やがて消えてしまう。
そして、私の茶の墓の上を
風が音を立てて吹いてゆく。
幼子の上に
母は身をかがめる。
その母の目を
私はもう一度見たい。
母のまなざしは私の星だ。
他のもろもろは
すべて移ろい消え果てよ!
ずべてのものは死ぬのだ、喜んで死ぬのだ。
永遠の母だけは、そこにとどまる
私たちの生まれ出でてきた母だけは。
母の戯れる指先が
儚い虚空に私たちの名を記す。(文責:くぅるみんと)
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