あたたかな車内と外界を遮断するガラス窓が、白く曇っている。
窓越しに、細かい雪が降り始めていた。
季節の移ろいは、コロニーのウェザーレインが作りだす偽りのものであったけど、それをもう何回経験してきたのか、分からなかったし、多分どうでもよかった。
雪はただ舞い、地面を、世界を銀色に染めていく。
いつも、同じ時間、同じバス停で下りていく男がいることに、多分気づいていた。
他人などどうでも良かったのに、いやに長い三つ編みが印象的で、そしていつも降りる前に帽子をかぶり直す仕種が不思議に見慣れた光景に思えて、だから余計に目についた。
男は今日も、降りていった。
翌日も。
そのまた次の日も。
…かと思うと、いない日があって、自分が違う時間のバスに乗ったからだと、気づいた。
一段と深い雪のせいで、バスは遅れていた。
一本前に乗ったか、後続車に乗ったのだろう。
そんなことを考えていたら、いつものあのバス停の名前が聞こえて、その機械的な案内の声に惹かれるように、無意識に降車ボタンを押していた。
「次、とまります」
やがて停留所に着く。ドアが開く。
瞬巡している間、誰も降りずに数秒が経つ。
ドアが閉まる音がしたとき、不意に立ち上がっていた。
再び開くドア。
冷たい風に吹かれた。
乗ってきたバスが雪の中に去ってゆくところだった。
降りてしまった。
何をやっているのだろう、俺は。
降りしきる雪の中、息を吐くと白い塊が流れていった。
冷たい。
次のバスを待っていたはずだった。
毎日のあの決まりきったタイムテーブルに戻らなくてはいけなかった。
どうしてそんなふうに日々を過ごしているのかなんて、考えたこともなかった。
やがて次のバスが停留所に着く。ドアが開く。
乗ろうとして――あの男が降りてくるのに気づいた。
つい、気を取られた。
乗ろうとしたバスが雪の中に去ってゆくところだった。
冷たい。
こんなところに立っていては、身体を凍らせるだけだと、本能が告げる。
降りた男がひらひらと手を振っている。
付いてこいとでも、いうのだろうか。
不意に脳裏をよぎる、黒い装束の三つ編みの男。
誰だっただろうか、こいつは。
記憶を探ろうとしている自分にびっくりして、
そんなことをしているのは今までで初めてだと、気づく。
誰だっただろうか、俺は。
白い建物が現れた。何の変哲もない、四角い家だ。
ドアが開く。
三つ編みの男が、中へ消える。
ドアが閉じた。
目の前で閉ざされたドアに少しひるんだ後、それを蹴飛ばす。
ドアが開く。
入ろうとすると、急に視界がホワイトアウトする。光りだ。
「お帰り、ヒイロ」
視覚が戻るのと、声とは同時だった。
不意にフラッシュバックする、黒装束の三つ編みの男。
「…あ、デュオ…?」
「すげえや、おまえのタイマーぴったりだな!」
何を言われたのか瞬間戸惑い、そして急に鮮やかな色になってあふれ出した記憶が、感情が、身体中を駆け巡って、這うようにそれをまさぐって、思い出していた。自分が誰であったかを。 思い出した、ヒイロという名の自分のことを、13年前のことを。
10万人が犠牲になったあの争いを終らせたはずの自分達は、大罪を犯したその償いに記憶を消されることになったのだということを。
そのリミッターが、今日、13回めの終戦記念日の今日この時間、切れたのだということを。
13年――なんて長い。
なんて、懐かしい記憶。
手繰り寄せた記憶を抱きしめるように、目を閉じ、そして開く。息を吐く。白い塊が、消えていく。
あのときと変わらない笑みでたたずむデュオに、言う言葉は一つしか思い当たらない。
「Merry Christmas.」
自分に似付かわしくないなんて、百も承知、だ。
でも目の前の男は静かに座り直しただけだった。
「Merry Christmas Eve! "平和の前日"に乾杯しようぜ。…全ての争いが始まらぬよう。」
腕にはめた小さな時計が鳴った。ひとつの終わりと始まりを告げる音だ。
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