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春に見ゆ
















 こんな風の強い日に、建物ん中いるなんて勿体無い。そうだ、折角の”自然の”風ってやつを、満喫したって罰は当たらないはず。なんてったって俺は、今”地球”に来てるんだから。

 風を受ける。細かい埃と砂のまざった、乾燥した風を受ける。
 ベランダから見える海面が、そこは湾の中であるはずなのに幾つもの白波を立てて暴れている。どこで見た風景だったか、たしか、最初にあいつと海上要塞叩いたときの、あの辺りの記憶だ。
 色も形も高さも違うベランダの柵に手をかけながら、風を受ける。
 あの頃の俺たちは、ただ、我武者らに敵を追い掛け続けることができた。
 その行為に終わりがあることを、無意識のうちに捕らえていたとしても、少なくともあの時点ではまだ、そんな事は夢か何かにしか思ってなかった。
 そう思える自分がいた。まさか仕掛けた戦をわずか1年も掛からずに終結させることができるなんて、思わないでいられる自分がいた。それが”常識”だった。

 この”地球”という名の遠い故郷で。戦うために流れた俺達はいま、行き場をなくしてしまった。お互い、連絡もとっていない。

 この”地球”の上で、はじめて大地を踏み締めて、それからもう、2年と2ヶ月近くになる。大きな戦がおわったものの、各地で小さな争いが続いている。燻る煙りは火を見せず、だが消えることなく灰を残し、尽きた燃えかすの残骸が増えていく。
 魂の昇る数が減ることはない。

 胸の十字架を握りしめて、デュオは椅子に背もたれた。教会育ちの殺人者が、何を偽善者ぶってんだろう。英雄だなんてもてはやされて、自分を見失いそうになる。
 誰がどこで何人死のうと、そんなの俺の知ったことじゃない。
 俺はただ、最強の兵器を操れるだけ。
 英雄とか神とか救世主とか、そんなつもりはなかった。その気持ちがゼロだなんて言えば嘘になるが、自分を見失うくらいなら、卑下してたほうがまし。
 死に神だなんて名乗ったって、それが『英雄』という言葉と、真意において大差ないことを、承知しているつもりだった。たくさん殺してそして、民衆に対して威圧感があるだけ。影に追いやられるのが死に神で、日向で祭り上げられるのが英雄。恐れられ、驚異の対象となることには変わらない。
 風が前髪を乱雑にし、少しばかりの砂が顔に当たる。塵が入ったらしい目を開けることができない。目をこすることもせずに、デュオは、風を受ける。

 こんな風の強い日に、あいつはなんて言ったっけ。

 この風に吹き飛ばされて、何もかも忘れることができたなら。
「デュオ、来年の春に、また会おうか」
 そう言ったプルシアンブルーの瞳が、二つ、細く閉じられるのを思い出した。
 風に煽られ勢いよく開け放たれたベランダのドアの向こうに、碧い瞳が二つ、自分を見つめているのを見つけた。

 あいつはなんて。珍しくなんて言葉を口にした? 「また会おう」と。生きていられる事すら、その所在すらわからない俺達が、故意に何処かで会うことができると、あいつは思ったんだろうか。
 それとも意地でも俺を探しだすと? この、隠れ上手な俺を?

 目の錯角じゃないかと思った。夢か何かじゃないかと。
 見つかるつもりなんてなかった。二度と会えなきゃ、それもまた面白いと思った。だから隠れていたのに。
 どうして、こう、容易く見つけてくれる? あいつの顔を最後に見てからまだ、1年しか経っていないのに。

「デュオ……っ」
 初めて名前を呼ばれたときと、変わらない抑揚で、声がする。それは少しだけ、うわずった声音で、叫ぶに近い、語尾の強い抑揚で、そう呼ばれると何故だかほっとする。
「まだ名前、忘れてくれなかったんだ?」
 冗談を込めた言い種も、相手の瞳に飲み込まれる。
「忘れたつもりだったが、お前のその莫迦みたいな長い髪を見たら思い出した」
「言って…くれるじゃん」
 お前だって、その黒い髪みたら忘れてたって名前思い出すよと、デュオは小さく笑う。
「ヒイロ」
「なんだ?」
「ほらまだ、覚えてるぜ俺。思い出しただけかもしんないけど」
 ちょっと呼んでみただけ、とは素直に言えない英雄の端くれが、ごまかすように自分の栗毛色の、長く編まれた髪をいじる。
「……まだ切らないのか?」
「ああ。これは俺の……子供時代のみじめな象徴…っ」
 最後まで続かない台詞。
 突然の荒い風を受けて、目も口も閉じた。

 こんな風の強い日に、建物ん中いるなんて勿体無い。そうだ、折角ヒイロが来てくれたのに。もう少しだけ、この”自然の”風ってやつを、満喫したって罰は当たらないはず。
 なんてったって俺達は、今”地球”に来てるんだから。

























春に見ゆハルニマミユ あとがき

 外の風の強さに閉口しつつ(いえ、強風日って好きなんですけど洗濯物が飛んでしまうのが珠に瑕ですね……)、この風の勢いに乗って、今書かねば何時書くのだ俺! と思い、突発小説書いてみました。
 勢いだけですので、設定も何もありません。思ったことを、つらつらと。二人の名が出て来ただけでも珍しい。突発で書くといつも、情景描写ならびに心理描写で終わってしまいますから。
 春ネタで何かを書く気はあって、タイトルは「春に見ゆ」にしよう。二人がどっかで会うネタ。と思っていたのですが、燻っていたらもう夏直前。暑い日が続きますね、皆様お元気ですか?(どこの暑中見舞いだ!)
 そんなわけで、ちょい時期外れな感じなのですが、そもそもこの作品自体、春っぽいイメージが沸かないのでよしとしましょう。ホントはサクラの散っている作品を書きたかったのですが、去年だか一昨年だかに、花びら散るネタは使っちゃっていたので、諦め。妄想が膨らめば、書くかもしれないですが。

(2000年5月26日。中間考査まであと少し!






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