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「右手、もういいのか?」
「あん? ああ、まあな」
 電話越しに聞こえた声は幾らかノイズが混ざってた。きっとまた無茶をしているんだろう。




 右 の 手 






 そうだ、目の前でゆっくりと起こったことはよく覚えてる。
 そこから先は、記憶に無い。
 次に目覚めるのは病院の床。最初に見えたのは染み付いた天井。無音で回るシーリングファンにしばし見とれてから、デュオは身を起こした。
 痛みはない。麻酔が効いているのか。バランスの悪い体に戸惑いながら、デュオは窓の外を見る。綺麗な青だ。それが偽りの空だとわかっていても、"下"で見たホンモノを覚えているから一向に構わない。
 灰色の空がその向こうに見えた。
 機械仕掛けで回る、空という名の壁だ。無音の世界に、現れた、ヒトの住む世界――コロニーという名の空間をつくるもの。
「ああ……」
 記憶が蘇ってくる。











 それは決して、難しい作業ではなかった。
 老朽化が進む外壁を少しずつ新しいものへと変えていく。何層にも重なる外壁の一番内側は、重力もあるし酸素も日常空間と変わらないほどにある。
 作業用の民間MSが持ち上げた新しい外壁の一部は、昔のに比べ薄っぺらい。
(規格が緩くなったのか? ってそんなはずはないよな)
 デュオはマニュピレーターの掴んだ"壁"を、見上げながら思う。老朽化したとはいえ前の状態のほうが頑丈そうに見えた。だが見えるだけで、実際のところ耐久性は変わらないのだろう。それだけ技術が進んでいるということだ。
 大戦を生き抜いたかつての英雄は、他のフツウの市民たちに混ざって作業員をやっている。ちょっとした小遣い稼ぎともいう。
 プリベンターはまだ火種を追っているようだけども、こんな偏狭の地ではただただ平和を享受しているばかりだ。申し訳ないくらいに、争いの影さえもない。
 民間MSは軍事MSに比べ機能を落し、より一般に浸透しようとしている。
 目の前でたどたどしく動くMSを操るのは、3ヶ月前に免許をとったばかりだという男だ。
(そんな時代が、来たってことさ)
 一昔前には、15でMS乗りやってたって言ったら結構引く手数多だったんだけどな、とつぶやいて、デュオは陽気に振り返る。
 あの負け戦を生き抜いたのだ、いっそ長生きしてやるのもいい。
 誰が最後まで残るかな?と、デュオは仲間の顔を思い浮かべる。
 ひゅう、と口笛を吹いた少年は、だから、ほんの少し油断した。
 少しの油断が命取りになる時代では、今はなかったはずだから。

 影が覆う。
 音は無い。
 ただひたすらに、ゆっくりと、流れていく。
 覆い被さる、何か。
 途切れた何か。
 鮮血の赤。
 見慣れたはずの色と生温かさと。

「デュオ!」

 音が戻ったときには、激痛が喉を塞いでいる。

「……っ!」

「誰か! おい誰か救護を呼んでくれ! 子どもが挟まれた!!」

(誰が子どもだって!?)
 喧噪が遠くなってゆく。途切れゆく意識の中で、デュオは小さく抗あらがった。













 いくつかの作業用MSと、生身の人間が働いていた。
 デュオはMSを操ろうと思えば難無くできたはずなのに、そちらに志願はしなかった。
 誰かの指示に従ってMSを操るのが嫌だった。
 それはもう終わったはずだ。
 生身で汗だくになって体を動かすのもいい。平和なんてそんなものだと、思う。
 感覚が鈍っていたに違いなかった。
 平和惚けをしていたんだと思う。
 あのとき、慣れない動きで作業をしていたMSの仕種に注意を払うべきだった。
 そんな時代はまだ来ないのだと自らを諌めても良かったはずだ。
 操作を過ったMSが、手にした"壁"を落すことだってあるのだということに、気付くべきだった。

 何層にも重なる外壁の一番内側は、重力もあるし酸素も日常空間と変わらないほどにある。
 支えを失った重量物は、だからすぐに地上と変わらない重力に捕まる。
 落下を、避けられたはずだった。
 ほんの少しの油断さえしていなければ。
 気付いたときには、身をよじるので精一杯だった。
 作業台に置いていた右手は、身に引き寄せることができなかった。

 途切れた何か。
 鮮血の赤。

 肩から先の感覚がない。
 痛みも、そこに腕があるという実感も。




















「…片腕切断?」
 陽気に返す死に神の顔に、暗い影は微塵もない。
 戦友のくったくのない笑みに潜む言葉を知りながら、はるばる見舞いに来たヒイロは診断書を脇に置いた。
「お前の仕事、片腕ではやっていけないだろう」
「腕、付けてもらうからいいさ」
 鉄の棒でも無いよりマシ、と茶化して笑ったデュオを、ヒイロはほう、と答えて見る。
「この時代の技術では生身の腕は無理、か。いっそ、コールドスリープでもさせてやろうか?」
「いや、結構」
 真顔の冗談にくつくつと笑って、デュオは顔を上げる。
「花束がつかめればいいんだ」
「――花束?」
「そうさ、お前の墓参り。どうせ無茶してオレより先に死んじまうだろ?」
「……俺は、死なない」
 終戦の英雄は、合い言葉を唱える。
 出会った頃、自分の命なんて安いものだと言っていた少年が、そこにいる。
(変わったよなあ、こいつも)
 デュオはにやりと笑った。
 そうだ、時代は確実に、前へと進んでるっていう、これが何よりの証拠だ。この平和に生きるのなら、銃を握る右手はもうきっと、必要ない。
 機械仕掛けも悪くはない。バランスの悪い体に戸惑いながら、デュオは窓の外を見る。綺麗な、青だ。


































あ と が き

 今のトップ絵を描いてたときに断片だけ思い付いたもの。
 なんていうか、あれです、某鋼の影響が(笑)。だって15歳で三つ編みで黒装束ですよ!?
 背負うものとかあの笑みとかもうたまらないです。
 というわけで、2号の腕が切断を余儀無くされる状況になったら、というオハナシでした。

2004/11/25 飛尽昴琉拝






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