リ リ リ リ
ベ ベ ベ ベ
リ ベ ン ジ
ジ ジ ジ ジ
研究所の朝は早い。
徹夜組とのシフト交替のせいもあってか、早朝組は夜が明け切らぬうちに起き出す。
先の大戦での最後の英雄、ヒイロ・ユイもその一人だ。
今はただの研究員として、無償で働いて――働かされている。
しかも仕事内容は、実験および検査への協力ときた。無口で(と言われながら実は結構喋るが)無愛想で(根は優しいらしい)無表情(だがそれなりに行動は過激)と三つの無〜のそろうヒイロは、ただ盲目的に言われたことに従っていた。
自分のシフトの終わりとともに、交替要員である、同じ研究所員のデュオを起こしに行ったヒイロは、デュオに与えられた部屋の前で立ち止まる。
ノックをせずに、ドアを開く。
デュオは御機嫌で、その背をなでていた。相手はかなり怒っている様子だ。
「おお、ヒイロ。どうした?」
言うのと、ドアが開くのとは同時だった。
現れたヒイロが、じろりとデュオを睨む。何か言いたげな瞳だ。
「ん? ……って、お前じゃねえよ、なんだよ怒るなよ」
対するデュオは楽しそうだ。
その胸に、真っ白い生き物を抱えている。
「そ れ は 、何 だ」
怒りを抑え込んだ恐ろしい声音でヒイロが言うも、デュオはけろりとして答えた。
「拾ったんだよ。正確には迷い込んできたの。さっき廊下にいたんだ、可愛いだろ」
デュオが再び背をなでてやると、小さな生き物――猫だ――がか細い声でにゃーおと鳴いた。
「待ってろよ、ヒイロ。今餌探してきてやるからな」
「待て」
猫を床に下ろし、ヒイロの脇をすり抜け廊下に出ようとしたデュオは、腕に強い力を感じて反射的に身をひねった。
それでも腕にかかる力は解けずに。
「今、なんて言った?」
静かな眼差しで、片手でデュオの腕を掴んだまま、ヒイロが言う。
「『待ってろよ、ヒイロ。今餌探してきてやるからな』」
御丁寧にもデュオが一言一句違わずに繰り返すと、よほど嬉しかったのかかなり怒ったらしくヒイロは掴む手にますます力を込めた。
「それは俺の名前だ」
「違うな、昔の英雄の名前だ」
――ヒイロ・ユイ、それは、A.C.175年4月7日に何者かによって暗殺された、平和的指導者の名前。
その何者か――男だ――に育てられたこともあるほうのヒイロ・ユイは、不意にその男――彼はアディン・ロウと名乗った――を思い出していた。顔を。その声を。そして最後の言葉を。「感情のままに生きろ」と、彼はそう言った。
一瞬、弱まった力の隙をついて、デュオが束縛から逃げ出す。
「すぐ戻るから待ってろって!」
両方のヒイロ(人間+猫)にそう言い残すと、すばしこい死に神の長い三つ編みが廊下の突き当たりで揺れて消えた。ヒイロは、ヒイロ(猫)を見てじろりと睨んだが、猫に何を言っても無駄なのはわかっていた。
「感情のままに生きろ、か……」
デュオの消えた廊下を見やりながら、そのときヒイロが何を考えたか、何者も知るところではない。
その後もデュオは、嫌がらせ(ヒイロにとっては)を続けた。
ヒイロがデュオを呼びに行くたび、ヒイロ(猫)が出迎えてくれる。
「でもこいつメスなんだよな」
身支度をしながらデュオが言った。そして、ヒイロを見て、ああ、とうなずいた。
「お嬢さんて呼ぼうかな」
「やめろ」
照れるヒイロが可愛らしい。
デュオが拾った、デュオ曰く「迷子の猫」は、ほんとうに尻尾の先まで真っ白だった。
「綺麗だな、雪みたいで。そう、まるでスノーホワイト」
「ならそう呼んでろ」
「いやだから、ヒイロ・Y・スノーホワイト。いい名前だろ?」
対するデュオは楽しそうだ。
そんな日が2週間ばかり続いたある日、黒猫がやってきた。
ヒイロがいつものように呼びに来たとき、胸に抱えられていたのは黒い猫。賢しいデュオにはすぐにオチが見えた。
「待てヒイロ! 早まるな少年よ!」
と、ヒイロのトラウマであるノベンタ将軍の台詞を持ち出しても、あまり意味がなかった。
黒猫を抱いたヒイロは、嫌味たっぷりに言い放った。
「どうした、デュオ(猫)?」
「それオレの名前ー」
「違うな、二重奏という意味だ」
そうしてヒイロの復讐の日々は始まる。
おまけ。ある日の会話。
退屈な研究所暮らしに、1週間でヒイロもデュオも飽きた。研究員とは名ばかりで検査に負われる日々だったからだ。
「あー脱藩してえ」
「それを言うなら『脱獄』…」
「うっせえな! ちょっとニホンゴ使ってみたかったんだよ!」
デュオがわめいたが、ヒイロはにやりとしただけだ。
そのときデュオが文字通りリベンジ(復讐)を誓ったのは言う間でもない。(そして冒頭に戻る。)
あ と が き
今年もやってきました「クリスマス=平和」の前日に起きた戦いシーズン。
一昨年と同じく、25日までの連日更新を目論みます。案の定ネタはこれから考えます。
……書きはじめてみれば、この2人の絡みはやっぱり楽しい。描きやすい。頑張ります。2003/12/22 飛尽昴琉 拝