あたたかな雨が降る。
白くくぐもった窓の向こうを、ヒイロはふと見る。
あれから、11年が経つ。
――――を、見失ってから。
p r a y s t o r a i n
上へと続くタラップを、長い三つ編みを背に揺らしてデュオは昇る。振り返りはしない。そこに見知った顔はないと、わかっているから。
火星移住計画。10年後に本格的に移住の始まるその計画の、ほんとうにはじめの何もあてもないままの第一陣の調査隊に、デュオは応募していた。争いの終わった大地に、残る理由などなかった。共に大戦をくぐり抜けた相棒の姿は、「死」の名を持つ神の機体は、もうここには、ない。
「デスサイズ…」
その名前をつぶやく息が白く、空気に溶ける。まだ少し、胸が痛むのは、きっとこの冷たい大気を吸い込んだせいだ。
何のために戦ったのか、わかっているつもりだった。でも、まだ未練を断ち切れずにいる。
あの戦いはもう、終わったのだと理解しているつもりだった。でも、まだ、引きずっている自分がいる。
消えていった、いくつもの命。
やがて忘れられていく、失われた多くの犠牲のひとつになりそこなった自分はたぶん、ここに居る理由をもう見つけられずにいる。だから逃げるように、宇宙へと発つ。火星という名の未知なる地へ。生きる意味を問わずに済む、その暗い星へ。
「お前は行かねえの?」
なんでだ? と問う瞳でヒイロが振り向いたとき、それが愚問だとデュオは気付いた。ヒイロはたぶん、地上で生きる意味を見つけていた。潰れそうなリ−ブラから帰還したこの小さな英雄は、もう、命などかえりみないただの戦士ではなくなっていた。デュオは、帽子を目深にかぶる。
「あ、いや、なんでもねえ。忘れて?」
「デュオ?」
名前を、呼ばれるのが嬉しかったのは、いつのことだろう? くるりと踵を返して、その場を立ち去ろうとするデュオを、ヒイロは追わなかった。
あたたかな雨が降る。この10年で、コロニーもずいぶん器用になったものだと、思いながら、白くくぐもった窓の向こうを、ヒイロはふと見る。まるで下と変わらない。争いが終わったこの何年かで、互いの技術者が行き来し、技術が飛躍的に伸びたときく。
だがそんなことはヒイロにはどうでもよかった。ただ、待っていた。本格的に移住の始まる、火星への旅の第一陣の出発を。すべての準備は整って、人が住めるようになったその星へ、行こうとする者はまだ少ない。小さな荷物を抱えて、ヒイロはそのシャトルに乗り込んだ。
あとはただ、このシャトルが無事に飛び立つことを、祈るばかりだ。
――――祈る、か。
そんな心許ないことにすがるようになったのは、いつからだろう? 答えは、わかっていた。あの戦いのあとからだ。
そうだ、あれからもう11年が経つ。あいつの後ろ姿を、見失ってから。
…エンジンの、始動音が聞こえてくる。
「待ってろよ、デュオ」
あたたかな雨音に、しばし聞き入って、ヒイロはまぶたを閉じた。
あ と が き
久しぶりに、無性に、何か話しを描きたくなって、描いたもの。
この季節は聖誕祭とかそんなのよりも、リーブラで終戦で、っていうイメージが強くて(笑)、
何年も経つのにすごく感慨深くなっちゃって、それで感覚がもうそれしかなくなる。
話しを描きたくなる。
ちょうどずっと繋げないでいたネットワークも無事復活したので、
今後もちょこちょこ描いていけたらなあ、と思いながら。2006/12/04 飛尽昴琉拝