「一行だけ? 名前は?」
「必要ない」
真夜中の仕事場から
アフターコロニー199年、大晦日。そんな世間の時間を無視するかのような、プリベンターの仕事の多さにめまいを覚えつつ、ヒイロ・ユイはキィを叩いていた。
こなせどこなせど、我が仕事楽にならず。
何処かの国の大昔の言葉になぞらえて、そんなフレーズまで頭に浮かぶ。実際、終わらないのだから笑うに笑えない。すぐ隣ではサリィが、
「我々プリベンターの辞書には年末年始なんて単語は載ってないわっ」
と、気合いを入れ直している。
ノインはといえば、本日何杯目になるかわからないコーヒーを、いれにいっているところだった。
「消防局には休みがありそうだが?」
「火消しプリベンターは公の機関じゃないでしょ。“情報部”なら、とっくに休暇に入ってるわ」
休みをもらった一般職員は、今頃家でゆっくりしているに違いない。現在働いているのは、火消しプリベンターのコードネームを持つ者たちだけだった。
「あぁ、もうやんなっちゃうわねっ」
サリィはちらりと、画面の右上に表示された時刻を見た。
23:43。
気が付けば、もうこんな時間だった。
「もうすぐ年明けよ?」
「俺たちに年末年始はないんじゃなかったのか?」
「おかげさまで、仕事を休むための口実が作れないわ」
本当は休みたかったのと暗に告げて、サリィは口をつぐんだ。喋っている場合ではない。早くこの仕事を片付けなくては。
「…少し、休まないか?」
そのとき、湯気の立つコーヒーの入ったカップを台に乗せ、それを片手で持ったノインがドアの向こうから現れた。自動ドアの閉まる、空気の抜けるような軽い音に、ヒイロは顔をあげた。ノインは二人にコーヒーを渡す。
「そうね。日付けの…いえ、年の変わる瞬間ときくらい、休ませてもらいましょ」
サリィはカップに口づけた。舌を火傷しそうなくらい熱い液体がのどを伝わる。ヒイロも、ああ、と相槌を打ち、片手はキィの上に残したまま、もう片方の手でカップを持ち上げ、口づけた。
何気なく、切り替わっていく数字を見つめる。秒セカンドも表示にしてあるため、時間の流れが見えるような錯覚を覚える。ふと気付いて、ヒイロはカップを机デスクに置いた。マウスを操り、ウィンドウを一つ開くと、おもむろにキィを叩きはじめた。
「何をやってるの?」
その頃、デュオはネット上にいた。時期柄、どこをめぐっても来年の話やカウントダウンの話で、デュオにはおもしろくない話題ばかりだった。
年が明けるくらいで興奮するなよ。
冷ややかに、そんな感想を抱く。そしてさっとキィに手を滑らせ、接続を切った。華やかなサイトを表示しているウィンドウを閉じると、その下からメールソフトが出てきた。
「これはいっか」
何か緊急の連絡が入るかもしれないからと考え、そのままにする。画面だけ消してスリープ状態にすると、デュオは机デスクから離れた。別の椅子に腰掛け直し、デジタル時計に目をやる。
時刻は、23:57。もう、まもなく年明けである。が、デュオは別段、何も思わなかった。
そのままぼーっとしていると、しばらくして数字が切り替わり、ゼロだけになった。00時00分。アフターコロニー200年の始まりである。
「でも2世紀は来年からなんだよな…」
この数字にどんな記念メモリアルがあるのだろうと思い、肩をすくめた。
「ま、どーせ俺には関係ないし。…シャワーでもあびてくるかな」
立ち上がったとき、メールの着信を告げるアラー音が鳴った。こんな時間にどんな緊急の用だろうと思い、デュオはあわててスリープを解除した。
たった今届いたばかりのメールの、差出人の名は、なかった。
「あん?」
不審に思い、一瞬ためらったのち、それを開く。
「なんだ、これ」
本文にはただ一行…。---
A Happy New Year .---
「――――あいつ…」
こんな莫迦げたことをする奴は、たった一人しか知らない。デュオはふっと笑みをもらした。
どこからこんなもん送ってよこしたんだか。
興味津々の体で、サリィがのぞきこんできた。
「あらぁー?」
「勝手に見るな」
そのヒイロの冷たい視線と言葉は、相手を留まらせるのにあまり意味を為さなかった。サリィは目ざとくそれを見つけた。
「一行だけ? 名前は?」
「必要ない」
名前など書かなくても、あいつは差出人くらい察するだろう。勝手にそう、思う。
ヒイロは送信ボタンをクリックした。一秒後には、しばらく会っていない戦友に、そのメールが届くはずだと思いながら。
A Happy New Year ...to Everyone.謹んでお祝い、申しあげます。
皆様にとって、今年が良き年であらんことを。
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