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         約 束 な き 約 束 






 何気なく、通りを歩いていただけだった。
 さほど大きいわけでもない商店街の、メインストリートよりも少し奥まった道だ。人は流れてはいるが、まばらだった。その中を、どこにでもいるような黒髪碧眼の男は歩いていた。戦争が始まってから、ヒイロ・ユイという名を与えられた男だ。
 ヒイロは、いつもならそのまま通り過ぎてしまうのに、ふと歩みを止めた。店頭に並ぶ幾つかのモニターのひとつに、釘付けになったように立ち止まった。
 汎用型の作業機がぎこちなく画面の中で動いている。背景は暗い。作業機の動きから、そこは夜なのではなく、宇宙空間なのだろう、と見て取れた。音声は共通語たる英語で、字幕に日本語と仏語で、それぞれ内容を伝えていた。機雷を取り除く作業が、たった今行われている、と。
 何十年か前、コロニー間の通信と相互の連絡を断絶するために、連合軍がまいていった機雷がある。それは連合軍が消滅したあとも置き去りにされ、戦争中、機雷に触れて命を落とす者も少なくはなかった。大戦が終わった今も、残り続ける機雷を、どこかで誰かが片付けているのだ。そう、伝えている。
 ヒイロが釘付けになったのは、内容のためだけではなかった。見慣れたはずはない作業機に、どこかで見たような既視感にとらわれていたからだった。兵器として使われたモビルスーツならいざ知らず、種類も豊富な作業用モビルスーツなどをいちいち覚えているわけでもないのに。
 ライブで伝える映像の中で、音はしなかったが、作業機が大きく傾くのが見えた。その直後、画面を砂嵐が覆う。何秒間か、それが続く。爆風のために遮られた映像は、しばらくして回復した。今度は違う角度から、様子を映し出している。機雷が、暴発した機雷に誘発されて、次々と爆発していく様を、そのカメラは鮮明に捕らえていた。
 突然の出来事に局のほうでも言葉を失ったのだろうか。音声も字幕も流れない。
 時折揺れる画面が、現場の凄まじさを伝えてくる。
 モニターの前で立ち尽くしたヒイロは、いてもたってもいられない気持ちを懸命に抑えていた。
 画面の中で動こうとする作業機、誘発する機雷群の中で、他の機体を庇うような仕種を見せる。再び爆発。しかし音までは伝わってこない。どこかで。たった今どこかで誰かが機雷の爆風にさらされている。
「ああ…」
 言葉にならないうめき声を、出したことにヒイロ自身は気付いていない。
 その代わりに、画面の中の作業機の動きと同じものが、自分の記憶の中にあることに気付いた。



 音のない爆発と、光と、断続的な振動とが伝わってくる。
 戦闘用モビルスーツよりはるかに性能の劣る機体の中で、自称死神は懸命にもがいていた。操縦桿を握る手に汗が滲む。簡易アストロスーツの中でかいた汗の不快さは、地球で太平洋のど真ん中でかいた汗を思い出させた。
「ちくしょう、少しはゆうこと聞けよ!」
 回線が途切れてるのをいいことに、叫ぶ。
 慣れたはずのモビルスーツ操作も、相手が普段乗ってる機体より性能も悪く調子も悪いときては、思うようにはかどらない。
 最初の爆発でやられたらしい機体の右脚は言うことを聞かず、かなりの損傷を受けていてバランスをも崩す。
 再び、爆発。
 かなりの至近距離であったのか、画面がホワイトアウトして、死神デュオ・マックスウェルは一瞬天国でも仰いだのかと、莫迦なことを考えた。
「いやいや、死神は天国の手前で踏み止まらなきゃ」
 言ってることの矛盾さはさておき、デュオは自分の言葉で気分を落ち着かせ、再び操縦桿をしかと握りしめた。さて、これからどう動くか。
 今の爆発でどこに傷を負ったか、探すのさえも惜しんで、デュオはバーニアを軽く吹かした。崩れているバランスのままでは、その場で回転するだけかもしれない、という危惧はあったが、どうにか機体が進みはじめてほっとする。
 すでに救命信号は打ってある。
 だが、助けが来るのを悠長に待ってはいられない。他の機体がどうなっているのか不安だった。彼等は退役した軍人でも手練のモビルスーツ乗りでもなく、一般人だ。こういうとき、精神状態を正常に保てるとは思えなかった。
 断続的な振動と、光と、音のない爆発が襲ってきて、死を覚悟したこともない一般人が平気でいられるとは思えなかった。
 デュオは、角度を調整しながら機体を前進させ続けた。モニターの片隅に、灰色がかった白い腕が見えた。機体を回転させて更に近付く。
 大した損傷のないまま、横たわる機体がある。
 中身の人間は大丈夫だろうか、とデュオは嫌な予感に捕われた。
 機体が無事でも中が無事でないことはよくある。ましてや、こんな作業用モビルスーツ、そう頑丈に作ってあるわけでもない。
 デュオが、どうにかこうにか操って、腕を相手に伸ばしたとき、相手の胸の稼動部分がスライドするのが見えた。
「…っ!! ばかっ!」
 その意味するところを察して、叫ぶ。
 スライドしていくのを止めさせようと手を伸ばしたが、マニピュレータは相手の機体を掴むことはできず、とん、と、まるで音を立てたみたいに胸を叩いてしまい、その反動でデュオと相手機との間隔が広がった。
「やめろ! 開くな!!」
 デュオが叫んだとき、再び爆発が起きた。モニターは砂嵐が通り過ぎたあと、ブラックアウトした。
 そのほうが、見えなくてよかったのかもしれなかった。
 振動が、機体を揺すぶった。デュオは拳で壁を叩いた。……助けてやれなかった。
 不意に、眠気が襲ってきた。
「っつうか酸欠?」
 頭を振る。その振動が脳に響いてひどく痛む。薄目を開けて見えたのは、暗いモニター。視界がだんだんと、白く霞んだ。



 気がついたとき、覚めやらぬ脳裏にブラックアウトするモニターが映って、その感覚の気持ち悪さに吐き気を覚えて、がばりと起き上がった。背中が痛いような気がしたのは、きっと気のせいではないだろう。
 白い壁、白い天井。そのどちらも、お世辞にも綺麗と言えるほど白くはなかったが、きっと病院てこんな感じ、と言えるくらいには白さを保っていた。そう、ここは病院のようであった。
 デュオが改めて周囲を見やると、真横に、まるで当然といった顔をしたヒイロ・ユイが座っていた。
 驚きを持ってみつめると、ヒイロが口を開いた。
「機雷の除去をしていたそうだな」
「あ、ああ……」
 なんで知ってるんだおまえ、という言葉が出てこない。のどにひっかがった声を出そうと、デュオが息を吸い込んだ瞬間、ヒイロがため息を漏らすのが見える。
「っなんだよ、それ! 突然現れてそれかよ!?」
 言おうと思ったことは口にできなかったのに、言おうと思わなかったことが口をついて出た。デュオがしまった、と思うよりも先に、ヒイロが首を振った。
「お前じゃないか、と思ったんだ。ニュースで見ていた」
「はい?」
 とっさに答えかねて、トーンの高い声をデュオが出した。
「じゃあなに、どっから連絡来たわけでもなし、自分で飛んで来たってわけ?」
「カトルは立場上あんな仕事は無理だし、トロワはもっと正確な判断をする。それに、プリベンターの五飛が民間に紛れて仕事をするとは思えなかった」
 口早に告げられた言い訳ともとれる発言を、デュオは意外そうに受け取る。ヒイロがいっぱい喋ってる、と、言うと怒られそうな感想まで抱く。
「そりゃ、どーも。御丁寧に」
 デュオは背中の痛みに耐えかねて、息を吐き出しながら言った。そのままごろん、と横になる。
「特に用事はない。帰る」
 立ち上がりながらヒイロが言った。
 ほかにいうことはないのか。と、そのとき同時に二人は思った。
 部屋を出ていこうとするヒイロの背に、デュオが声をかけた。
 ヒイロが振り返って、二人の目が合う。
 口調は互いに軽く、果たされるかは不確かな、約束が交わされる。
 ヒイロは部屋を出ていった。
 デュオはもう一眠りしようと目を閉じた。


「おい、ヒイロ」
「……なんだ?」
「また、な」
「ああ」


 広いようで狭い宇宙、生きてるうちにはもう一回くらい、出会うこともあるでしょう。
 出会う気が双方にあるならなおさら。


































約束なき約束 あとがき

 (前略)第3弾。23日に書き始めたのですが、気付けば日付け越えてました(だめじゃん!)。
 前回の話で「機雷」という単語が出てきたのを思い出しつつ、そのネタでいこうと思い、
書いてたらこんな話に。最初の時点で思い付いた台詞とか状況とかがところどころ無い…。
短編の場合は粗筋を作ったりはせず頭の中だけで構築するので、書き出しの時点で書こうと
してたものと同じものができるとは限らない…なんてのが楽しくもあり悲しくもあります。

2001年12月23日。緋月 昴琉拝






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