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 半分潰れたMSのコックピットから気を失ったままの子どもをようやく引きずり出したのは、事故からゆうに10時間は経っていた。
 全身打撲。しかし命に別状は無かった。
 小さな身体でよく耐え抜いたと、WEB NEWSは報じた。













 百 日 紅 










 白い包帯が痛々しい。
 青い瞳の子どもは、怪訝そうな顔でデュオをみる。
「おー! ガキ、目が覚めたな」
 デュオは人懐こい笑みで、話しかける。
「誰がガキだ」
「まあ戦争が終わっちゃえばオレ達ガキだよなあ!」
 青い空が、少しだけまぶしい。
 座ったベッドは古くて、軽いデュオの身体にも少しきしんで、たわむ。
 包帯の巻かれた子どもは、ヒイロは不満そうな顔で、そのデュオの視線を追いかける。

 窓際には赤い花が揺れる。
 病室のすぐ下に造られた遊歩道沿いの街路樹が、窓のすぐそばまで延びていた。

「これ、知ってるぜ」
 デュオが自慢げにいう。
「Lagerstroemia indica(ラジェルストレミア・インディカ)。え…っと、和名は、サルスベリだっけ」
 百日紅と書く。
 赤い花を百日間咲かせ続けるという意味を持つその花は、名前の通り咲き続けていた。
 でも、一つの花が続いているのではなく、咲き、消えては代わりの花が咲くことを、ヒイロは知っていた。実際、この数日の間にみてきた。
 まるで少し前のあの戦争の、兵士達のようだとさえ思う。
 どっかの莫迦は名前をいちいち覚えていたと言った。そんな数奇な人間は一握りで、誰にも知られず死んでいった兵士が何万何千といたはずだ。
 現れ、消えては代わりの兵士が現れた。
 その一人だったはずだった。
 まるで自分の身のようにさえ思えるその花は、だから好きではなかった。

「思い出した!」
 見舞い人の大声に、ヒイロは眉をひそめる。
 デュオはここが病院だと分かっているのか。いや、分かっているからこそいつも以上に大袈裟に振舞うのだと瞬時に気づいたヒイロは、自分のその思考回路に嫌気がさしていっそう表情を硬くする。
「大きくなりすぎない、ってどっかに書いてあった。これ! まるでオレ達みたいじゃん?」
 身長156cmの小さな身体でする、精一杯の背伸びが、ガンダムパイロットだった二人がいる。
 あの狭いコックピットに入れたから、地球という名の母なる星に、降り立った。

 戦争は終わって、平和な時代にMSを駆る仕事に就いてみたりしたら、事故に巻き込まれてこの有様だ。
 ヒイロは少し後悔し、後悔なんてしている自分に気づいてまた少し不機嫌になる。
「すこし、静かにできないのか」

 面倒くさそうにヒイロは目を閉じた。
 誰だ、この莫迦に居場所を教えたのは…。
 いや、デュオのことだから自分で探したに違いない。どうせ事故を知ってその余りある情報収集力で病院を探し当てたのだろう。
 余計なことまで垂れ流すWEB NEWSが恨めしい。

 無表情だったはずの顔が、いやに豊かになったことに気づいて、包帯の巻かれたヒイロが思ったより元気だったことに満足して、デュオは立ち上がった。
「じゃあな」

 足音も立てず、トレードマークの三つ編みを短くしたデュオが、ドアの向こうに消える。
 入れ代わりにナースが現れて、ヒイロに体温計を差し出しながら、にっこりと微笑む。
「知ってる? 百日紅の花言葉」
 聞いてもいないのに、そいつは教えてくれた。

「世話好き」

 お前もか! 思わず身体ごと毒づいたヒイロは、身体じゅうがあげた悲鳴にしばしうめき、振り切るように窓に目をやった。
 窓越しに、赤い花が揺れている。
 病室のすぐ下に造られた遊歩道を去っていく戦友が見えた。


































あ と が き

 毎年恒例(と、いうにはおこがましい)終戦シーズン合わせ突発連続更新の時期がやって参りました。相変わらずストックがないのでちゃんと続くかは未定です。(なんて無茶ぶり。)
 大怪我をしてお見舞いに来てもらう、の、入替えバージョンになりました。バルジと怪我とねこと墓参りはさんざやったので避けなきゃいけないのにですよ。
 久しぶりに書いたのでちょっとオチが怪しいですが。明日も頑張りたいと思います。
 万歳イチニ。

2008/12/22 飛尽拝






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