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 水平線



でこぼこ道を走っていく
沈みかけの陽に照らされて
車窓が赤く染まる
落ちる影は長く伸びる
助手席に眠る戦友の顔は安らかな寝息に包まれている

アパートの一室を借りて約半年
呼んでもいない野良猫に居着かれて約二ヶ月
あいつがやってきてまだ一週間と二日
デスクと冷蔵庫とソファーベッドの他に、
新しいソファーベッドを買って3時間
がたごと揺れる運転席で
そんなことをヒイロは考えていた

助手席に座ったデュオが目を覚ます
止まったままのワイパーを
定まらぬ焦点でぼんやりと眺め
「あー」
「どうした」
「…雨」
ぽつり、ぽつりと増えていく正面のガラス上の水滴を指差した
ヒイロが上を見上げれば明るい空
雲が滑っていく蒼い空
「通り雨だな」
気にもせずに
走っていく

やがて右手に見えたものは巨大な橙
零れ落ちそうな真っ赤な陽が
水の中に沈んでゆく
それはまるで偉大なる懺悔
「終わりそー」
「……」
「……」
無言のヒイロにデュオが無言で答えれば
「……何が」
面倒でも聞き返してやる
デュオがにやりとしたかどうか、ヒイロには見えなかった
「世界が」
深刻な顔で告げたデュオの顔が可笑しかった
「太陽が神だとでも言いたいのか」
「そうかもな」
似非カトリックがやけに真面目に答えた

幾万幾千回と神様が沈んでも世界は終わらないし
変わらずそこにある空と海と水平線と
そのコバルトブルーの瞳が
愛おしく思えるから不思議だ






やがてアパートの一室に着いた二人は
買ってきたばかりのソファーベッドを組み立てた
けれども結局それは使わなくて
最初からあったひとつしか必要ではなかったとか何とか

ごちそーさま

「にゃあ」と鳴いた猫がそう思ったのかどうかは定かではない


































水平線 あとがき

 終戦の日なので何か更新せねば、という恒例の無言のプレッシャーに圧されて書いた話。
思い付いたイメージが、海、海岸線、日没、走ってく救急車…と、一話な感じなのは何故。
しかも出来上がってみれば終戦と関係ない上に、これ小説じゃないし…。詩も好きですが。
でも久しぶりにヒイロ視点。やはり難しい。何考えてるのかが難しい。自由に生きてくれ。
戦争終了後、少しずつ感情を取り戻し…ってのが、どうにも苦手です。びば無表情ヒイロ。
…なんかこう、もっとちゃんとした小説(っぽいの)書きたい、ていうのが今回の反省点。

2001年8月15日。緋月 昴琉拝。 
すべての魂に安らぎと御冥福のあらんことを。 






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