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 雑草を踏み付けて、その下にあるものに目がいく。
地面と同じ高さに埋められた、石――――――墓標…だった。
それも、自分の殺した男達の。






戦いの終わった星    














 人の命が簡単に散っていく光りの中に、どれほどの想いが砕けたのだろう。
幾万幾千の涙を飲んで、祈りを捧げて、どれだけの人が、この瞬間を待ちわびていたのだろう。
 戦争が、終わった。
 二人の英雄と、大勢の戦犯と、身寄りをなくした子供達と、そして荒れた地球を残して。












 雑草を踏み付けて、石造りの街道を進む。戦火に巻き込まれたにしては、それほど被害を受けた様子もなく、かなりの建物が原形を留めているその街に、少年が一人、訪れた。
 名を、”にばん”、と言った。
仲間達からそう呼ばれていた。
少なくとも彼らの間では、個性を伴う名が、必要だった。
たとえ戦時中であっても。
 戦後。今はもう、そう呼ばれる時代になった。
彼らの生まれるずっと前から続いた戦いが、ようやく終わって。
まだ燻り続ける各地の紛争からも、この地は免れて。
彼らは、そこに住む子供達は、開放された自由を、まだ持て余していた。
「ドゥ!? ドウじゃないか。…帰って、きたんだ」
 ”にばん”を迎えに出たのは、やっと10歳になったばかりの少女。
自分より更に幼い子供達の先頭に立って、戦火から逃れ続けていた。
よくやってくれる、と”にばん”は笑ったようだった。
「…ただいま」
 ようやく、少女の顔に笑みが浮かび、掴んだものが夢でないと確かめるように、もう一度名を読んだ。
「…ドゥ、おかえり。待ってたんだ」
 自分より5つくらいしか年上でない少年を、少女はとても頼りにしていた。戦いに赴いたまま、少年が帰ってこなかったら…と、そればかりを考えていたのだ。
少女は、嬉しそうに笑みをたたえ、それは他の子達にも広がっていた。
「おかえり、ドゥエ」
 声をかけてきたのは、13歳くらいの少年。一部だけ日焼けしたように見える肌は、流れ弾がかすめたときの、火傷の痕だった。
「ただいま、セイ」
 ”にばん”は、そうやって、一人一人の名を呼んでいった。ここでは、彼が一番年上だった。
「なぁ、また行っちまうのか?」
 言葉こそ乱暴であるが、心配げに聞いてきたその14歳の少女に、”にばん”は優しく…少しだけ冷めた物言いで、答えた。
「ああ、俺は此処にいるべきじゃないからな。…お前ならわかるよな、サン?」
 彼より一つ下である彼女が、リーダー的存在であったのは、つまるところそういう理由によるものだった。
 ”にばん”は、各地を放浪していた。

 彼は、できる事なら何でもした。盗みもしたし、ゲリラに混じって敵兵を殺したり、スパイまがいの行為をしたりもした。全ては生きていくためだった。
 モビルスーツと呼ばれる兵器に、乗せてもらったこともあった。彼はその操縦感覚に関して、非常に優れた能力を発揮した。彼の腕を買ったゲリラ軍によって、彼は方々へと連れていかれた。
 だから、帰ってくるのが遅くなった。それは戦いが集結して、2週間も経った頃だった。

「もう、俺が戻ってこなくても、平気だよな」
 突き放すように、”にばん”は言った。質問というより、命令に近かった。
「行っちゃうの、ドゥエ? だって戦いは終わったのに?」
「まだ終わっちゃいないんだよ、ディズ。俺には、やり残した事があるから」
 10歳に満たない少年を軽く抱き締め、じゃあな、と告げた。
「さようなら。…もう、戻ってくることはないと思う」
 大人びた口調で、淡々と語る”にばん”の姿に、泣き出した子供もいた。わけが判らずにぽかんとしている幼児もいる。
「さようなら、みんな」
 ”にばん”は、振り返りもせずに、その街を出た。雑草を踏み付けながら、石造りの街道を歩く。
 雑草を踏み付けながら、虫螻のように敵を殺しながら渡り歩いた、戦争中の事を思い出した。

 英雄は、戦いを終わらせたそのまだ若い英雄の名は、「ヒイロ・ユイ」と言った。
 自分と変わらない年齢だと、噂で聞いた。彼に出来て、自分に出来ない事が、はがゆかった。少年とて、早く戦争を終わらせたかった。
 仲間達に、早く平和を見せてあげたかった。









 宇宙港の近くの戦場で、英雄の率いる部隊と、衝突した。
 少年は、英雄とは別陣営にいた。つまり、敵同士だった。
 英雄の駆るガンダムという兵器は、圧倒的な強さで、少年達を苦しめた。少年の乗っていたモビルスーツ以外は、全滅させられてしまった。
 少年が助かったのは、奇跡と言ってよかった。
 ただ一機だけ生き延びたモビルスーツに対し、英雄は投降を呼び掛けた。少年はそれに応じるしかなかった。少年がハッチを開けて外に出ようとしたとき、英雄の乗ったガンダムのマニピュレーターが、近付いてきていた。
 怖かった。…あんな近くで、ガンダムを見たのはそれできっと最後になるだろう。
 英雄の部隊は、ゲリラ軍のモビルスーツを、一つ残らず殲滅する気であったと、その後、英雄から聞いた。
 だから英雄は、自らの仲間がたどり着く前に、少年をガンダムのマニピュレーターに乗せて、戦域を脱した。
 戦火の届かない地で、少年は降ろされた。ガンダムを見上げると、ハッチが開いて、子供が出て来た。…自分と同じくらいの、年頃の。
「…子供?」
 自分と英雄は、同時に呟いたようだった。お互いに、向き合って立つまで信じられなかった。

「…子供が、何故ゲリラ軍などに入っている? それとも、それほど人員が不足しているのか?」
 少しも子供らしさを感じさせない、抑揚のない低い声で、彼はそう訊いてきた。
「ううん」
 俺は首を振った。
「俺の腕がいいから、って、雇われてるだけ。あとはみんな大人だけ」
「信じていいんだな?」
 脅しをかけるような声色に、俺は少したじろんで、ややあって、そうだ、と答えた。
 彼が自分と同年代であるだろうのに、その物言いに腹が立った。
「おまえこそ、なんで子供なんかがあんなモビルスーツに乗ってるんだよ」
「モビルスーツじゃない…ガンダムだ。ガンダムウイング。俺だけのために造られた」
 子供だと思って、甘く見られたんだと思う。彼はそんな事を、言ってのけた
「なぁ、おまえの名前…聞いてもいい?」
 彼は一瞬、怪訝そうな顔をした。
「『ヒイロ・ユイ』。それが今、俺に与えられているコードネームだ」
「へぇ。…俺は、ドゥエ。みんな、そう呼ぶ」
「…デュオ?」
 一瞬だけ、英雄の表情を戸惑いが走った気がした。俺の名を、違う国の言葉で、発音した。”にばんデュオ”と。しかし、戸惑いはすぐに消えた。
「いや、…何でもない」
 俺が聞き返そうとしたとき、突然、爆発音が近くで聞こえた。
「っちぃ」
 彼が舌打ちするのが聞こえた。ガンダムのハッチに向けてワイヤーガンを撃つのが見えた。彼は瞬く間に、ガンダムに乗り込み、ハッチを閉じた。間もなく、ガンダムの瞳に緑の輝きが灯った。
【行け。…早く逃げろ。もうすぐ此処も、戦場になるぞ】
 マイクを通した声が聞こえた。
 俺はガンダムに向かって頭を下げると、すぐに走り出した。背中に、始まりつつある戦いを感じた。
 必死に走った。
 早くここから逃げなければ。
 しかし人の…しかも少年の足で、どれだけ走れるというのだろう。
 英雄の駆るガンダムを中心に広がりつつある戦域から抜け出す事は、とても困難な事であるように思えた。
 すぐ近くで、火薬が弾けた。その爆風に、吹き飛ばされ、軽く二三回転がって、ようやく止まった。立ち上がることは、彼にはできなかった。








 仲間達に平和の訪れた今、自分が生きることに何の意味がある…?
 そう、自問している自分に気付いた。
 何を、考えているんだ俺は…。
 意識の薄れてゆく中に、仲間達の泣く姿が映った。








 その場を制した英雄が見たものは、自分を殺そうとした敵の、ばらばらになったモビルスーツと、倒れ込んだまま血の海に飲まれてゆく、一人の少年の姿だった。
 慌ててガンダムを降りて走り寄ったが、すでに意識はなかった。
 …その後、英雄はその少年と敵兵の残骸を、近くの地面にうめた。












 戦争が終わって一年が立って、ヒイロ・ユイははからずも、また同じ地を踏み締めていた。
 雑草を踏み付けて、その下にあるものに目がいく。
地面と同じ高さに埋められた、石――――――墓標…だった。
それも、自分の殺した男達の。

 人の命が簡単に散っていく光りの中に、どれほどの想いが砕けたのだろう。
幾万幾千の涙を飲んで、祈りを捧げて、どれだけの人が、この瞬間を待ちわびていたのだろう。
 戦争が、終わった。…はずだった。
 各地で燻り続ける紛争と、断続する小さな戦いの場としての、地球を残して。































あとがき

本日は終戦日だったので、何か作品を…と思ったらこんな話になりました。…相変わらず暗いですね。そして諸々、設定が苦しかったため、デュオを出すことができませんでした…。

2000年8月15日 緋月昴琉 拝 

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