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ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン ガタン…
規則正しく流れてゆく音だから、聞こえても耳に残らない。心まで届かない。過ぎ去った後には余韻すらも残さずに、記憶に留まれずに消えてゆく、音。
目の前を、右から左へと素早く動いてゆく同じリズムは、意識せずに眺めているとそれはやがて左から右へ動くリズムに変わり、まるで逆流しているようにも見える。それでも最後には、貨物列車の最後尾は、やはり左のほうへと去ってゆく。
視界がひらけ、うるさく鳴っていた警報機も止み、通行を妨げるバーが上がってゆく。
時にアフターコロニー196年。イヴ・ウォーズと呼ばれる最終決戦から約半年が経ち、人々は以前の営みを、平和という名のオブラートに包まれた新しい生活を、少しずつ取り戻し受け入れ始めている。
イヴ・ウォーズ直後、最大の戦犯であったガンダムパイロット、五人の少年達は、軽傷重傷を問わず無理矢理病院に収容され、そしてそのまま身柄を拘束された。ある者は過去を捨て故郷への帰路を閉ざされ、ある者は監視の目とともに親族の元へ戻ることを許され、またある者は監視の目とともに職場復帰を得た。残る二人は身元も確かではなく、名を変えられ多少の記憶を抹消された。特に、互いに関する記憶は、ほぼ全て。
ヒイロ・ユイだった男は、すぐに新しい環境にも慣れた。少しばかりの自由を許されたと言っても、それは限られた範囲での外出の域を出なかったが、以前の記憶を持たない彼には比較するものがないから、それが当たり前だと思った。彼の日常は、囲まれた柵の中で始まり、終わる。戦犯ばかりを閉じ込めた檻の監視役、それが今の彼の立場。彼自身がその檻に繋ぎ止められているのだ、と無意識に感じ取っても、それが何を意味するのかまでは見当も付かない。
もっとも深き独房から一人の、唯一残された最大の戦犯が脱走したという情報を聞かされたとき、それでも何故かそうすることが「彼」にとっての当然の権利であると、思った。顔も名も知らない男を追うよう言い渡されて、久方ぶりの自由へ、外の世界へ出た。白い太陽のまぶしさは新鮮で、自分は所詮何もできない子供なのだと、悟った。
……そんなことを、ぼんやりと反すうしながら、規則正しい音を聞き流していた。
貨物列車が過ぎ去り、視界がひらけた。踏み切りの向こう側に立つ人が見える。蘇る、ざわめき。ふと気付く見慣れた影。うるさく鳴っていた警報機がいつ止んだのか、そんなことは気にならなかった。むしろ正面に立つ、見慣れたと言うには余りに久しく見ていなかった、懐かしい人に全神経が注がれる。
「あ……」
声が漏れる。逆光で顔は見えないけれど、その細かな仕種のひとつひとつが今は消えたはずの自分の記憶の中にある彼の姿を思い起こさせる。
明るい茶色の、長い三つ編みが揺れた夏。鮮やかな海の色が宇宙うえから見た地球を思わせる、生きた青い瞳。辛くても常に笑みと冗談を絶やさない唇が、確かに自分の名を呼んだときのことをまだ覚えてる。
「デュオ」
それはもう、彼の持つ名ではないかもしれないけれど。
通行を妨げるバーが上がってゆく。それでも前へ進めずに、かつての英雄はその場に立ち尽くす。その人が、やっと気付いたかのように、大きく頭かぶりを振ってから、わざとらしく、彼らしく近付いてくる。
「Long time no see.」
久しぶりだなと告げた声が、あまりに自然すぎて何を言われたのか一瞬理解できずに。
「……ああ」
理解できたときには、どうしようもない懐かしさが全身を包み込んでいる。
帰ってこないのかと思った。
お前がいてくれてよかった。
「ばーか」
生きとし生けるものの故郷、母なる海の色をたたえて、コバルトブルーの輝きが揺れる。
「ちゃんと、帰ってきたよ、ヒイロ」
優しい言葉は、時折見せる彼の厳しさなのだとわかっても、今はそれが有り難い。
だから彼に灰色の空しか見せることのできない自分が恨めしい。
「戻る、ぞ」
「ああ」
曖昧な声で告げた彼の目は、もう笑っていなかったけれど。空を映す大いなる水面の色は、決して褪せることなく。
灰色の檻の中で、静かに微笑んだ彼の唇が、音を立てずにこう言った。
アイシテルヨ。
幾度となく聞いたはずの台詞。
いつも規則正しく流れてゆく音が、今は聞こえなくても耳に残る。心まで届く。過ぎ去った後にわずかな余韻を残して、そっと記憶に留まり続ける。
名を忘れ記憶を消されても、その声だけは決して褪せることなく。
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