死に損なって、不覚にも捕まって数日。 独房は狭く、暗い。冷たい床の上に横たわった状態のデュオは、浅い眠りから目覚めて、その体を動かした。 ―――殴られた箇所が、鈍い痛みを訴える。 「ちくしょう‥‥思いきりやりやがって‥‥」 デュオは体を引きずって端に寄ると、壁にもたれかかった。一息吐いて、瞳を閉じた。 精神的な疲労がどっと押し寄せて、意識がふっと薄くなる。
そしてまた、浅い眠りについた。
「へへっ。ちょろいもんだなー」 連合軍の施設の中で、薬棚を眺めながらほくそ笑んだ。ずらりと並ぶワクチンを、大量に袋につめて背負い込む。そのままこっそりと、厳重なはずの警備を難無く抜けて、仲間のもとへと走った。7歳児とは思えぬ程に、見事なまでの手際の良さだった。 少年はこういったことに慣れていた。
先日流れ着いたばかりのここ、L2V08744コロニーでは、性質たちの悪い流行り病が蔓延し始めていた。名も無き自分を受け入れてくれた相手と、その数十名の仲間達のために、のちにデュオと名乗るようになる少年は、人数分のワクチンを盗み出したところだった。
「ソロ! おーい、ソロは何処だ?」 住処にしている廃虚に駆け込むなり、少年は相手の名を呼んだ。 「んー? ‥‥何だ、お前かよ。どうしたんだ?」 「はい、お届けもの」 「え? これって連合のやつらが自慢してたワクチンじゃねーか。‥お前‥‥」 あっけにとられるソロに肩をすくめ、少年は床に袋の中身を転がした。 「連合のとこ忍び込んだら案の定置いてあったんだ。早くみんなにまわそうぜ。これで俺たちも安泰ってとこだな」 「ったく、手回しいーよなー、お前」 2人で手分けして、仲間達へとワクチンを配った。同じ境遇の孤児達はたくさんいたから、あっという間になくなり、全員に行き渡ったのかなと、少年は不安になったりした。それでもギリギリ足りたようだったので、ほっと安心した。
一息つこうと、ソロと少年は廃虚から抜け出た。
戦争の所為ですさんだコロニーの壁が、あちこちはがれそうで落ちてきそうで、妙な不安を与える。
2人は開けた場所まで来ると、そろって腰を下ろした。見上げれば人工の天井が、小さな偽の星の瞬きを造りだしていた。
「いつか‥‥どんなに遠い未来さきでもいーから、いつか、地球したに降りてみてぇ」
「なんだよ、いきなり」 ソロの突然のつぶやきに、少年は変な表情をつくった。そんなことを言いだすことが、不思議だった。 「無理に決まってんだろ。連合のやつらが見張ってんだからさ」 「夢がねーなぁお前。だったら連合を壊滅させちゃえばいーじゃんか」 「あっ。そりゃ名案だなー。二人で行こうか、地球したへ」 叶わぬ夢だとわかってて、半ば希望を込めて、少年は茶化した。ソロが不機嫌そうに口をとがらせ、その様子に少年が吹き出した。つられてソロも笑いだし、しばらく肩を揺らす少年が二人、人工の星空の下に並んで座る姿が見えた。
「お前が独奏ソロなら、俺たち二重奏デュオだな」 笑い声の下に、少年はかろうじて言葉を紡いだ。 「そうだなー。気ぃ合うよな、俺たち」 ソロが返した。
独り者どうし似た者どうし、その晩は寄り添ってそこで寝た。久しぶりに天井を眺めながら、深い眠りについた。
けれど夜中頃、少年はソロの体が熱いのに気付いて目が覚めた。 「‥ソロ‥? お、おい、ソロ、大丈夫か‥?」 「‥‥ん? ‥‥あ‥俺、は‥‥」 「ソロ!」 手のひらをあてたら額や頬が火照っていた。熱にとけた瞳がとろんとしていた。わずかに汗をかいていた。 「お前‥まさかお前、自分の分のワクチン打ってねーだろ!?」 「足りなかったんだ‥‥大丈夫だ、この‥くらい‥‥」 そう言ってるそばから言葉の羅列がおかしい。 「しっかりしろよ!」 少年は急いでソロに肩を貸し、住処である廃虚へと向かった。ソロの足どりは、思った以上に危なく、重たかった。
L2V08744コロニーの戦災孤児達にとって、ソロはリーダーそのものだった。だからリーダーの容態を誰もが心配していたが、ソロは「放っといてくれ」の一点張りで、頑として仲間を自分に近付けさせようとしなかった。ワクチンを配ってあるとはいえ、仲間達への感染を恐れたのかもしれなかった。 流れ者の少年だけが、ソロのそばについていた。 「しっかりしろよ、ソロ。いつか地球したへ、降りるんだろ二人で」
3日が経った。治療もできない状態で、良くなるわけがなかった。気付いたとき、冷たくなって眠る仲間の姿があった。
「嘘だろ‥‥。おい、冗談やめろよ、ソロ。起きろ。なんか云えよ。おい、ソロ‥‥!」 いくら揺すっても目覚めない相手に、少年は頭こうべを垂れた。
そういえば俺もワクチン打ってなかったのに、なんでお前だけ‥‥。
「―――お前が独奏ソロなら、俺たち二重奏デュオだよな。‥‥独りじゃつまんねーだろ‥‥」
運がなかったな‥‥いや、運がいいのかな。
その日から少年は、デュオ、と名乗るようになった。ソロが夢見た地球を、かわりに夢見るようになった。 いつか必ず、地球したに降りようと、ソロの眠る場所、ちっぽけな墓標に誓った。
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